【完結】【修正版】幼馴染に裏切られたので協力者を得て復讐(イチャイチャ)しています。

 この子は姫莉ちゃんというらしい。小学生が友達を遊びに誘うようなノリで尋ねられた。

「あ、えーと。今日は先約があって」

 言いつつ、右隣にいる沢西君に目を向ける。

「フフッ」

 姫莉ちゃんが笑った。

「さりあちゃん、ほとりちゃん、行くよっ! ……うっきゃんっ!」

 姫莉ちゃんの掛け声が響く。直後、彼女は尻餅をついて地面に座り込んでいた。スカートがめくれて、中に穿いている黒いスパッツが見えている。

「朔菜ちゃん? いきなり足払いするなんて卑怯よ!」

 強く抗議している姫莉ちゃんに、朔菜ちゃんと呼ばれた黒スカジャンの少女は不機嫌な声で対応する。

「いきなり襲い掛かってくる奴に言われたくないね」

 姫莉ちゃんと朔菜ちゃんの間に、さりあちゃんが割り込む。朔菜ちゃんを横目で睨み、恨みの籠もったような暗い声音で宣言している。

「あなたとは相容れないと、ずっと思っていたの。よりによって、あの女の信奉者だなんて。……ここが、その腐れた性根の墓場よ?」

「そんな台詞、きっと――なら言わない」

 朔菜ちゃんのボソボソとした少し聞き取りにくい言い分を聞いていた、さりあちゃんの顔に……赤みが差したように見えた。

「うるっさい!」

 突然、さりあちゃんが腕を横に薙ぐ。朔菜ちゃんは予め予想していたと言わんばかりに……いともあっさりと、その腕を躱す。
 私を背に庇うかの如く、目の前に朔菜ちゃんがいる。

「誰に言われた? 首謀者は誰だ」

 朔菜ちゃんの質問に、さりあちゃんは笑った。

「私たちが忠誠を誓っているのは、あの方だけだよ」

 さりあちゃんの答えを受け、朔菜ちゃんが笑い返している。

「お前たちの崇める『聖女』は真っ赤な偽物だよ。いつになったら気付く? お前の求める――でもない」

 嘲る雰囲気の物言いをする朔菜ちゃんを、さりあちゃんが反抗的に睨む。

「そんな安っぽい挑発には乗らない。残念だわ。『あの方』を侮辱した罪、しっかり勉強してね」

 さりあちゃんは言葉の後半……こちらへ、にこやかに微笑み掛けてきた。

 さりあちゃんの後ろから、ほとりちゃんが近付き……沢西君へ手を伸ばしている。私の左側には、いつの間に移動していたのか姫莉ちゃんが迫っていた。眼前の朔菜ちゃんは、さりあちゃんの手を掴んで押し合いをしている。

「先輩!」

 沢西君に手を引かれ、寸前で姫莉ちゃんから逃れた。引っ張られるまま……先程来た道を逆走する。信号が青だったので横断歩道を全力で駆ける。

 走りながら少し振り向く。後方を見た。姫莉ちゃんと、ほとりちゃんが追って来る。
 道路の真ん中辺りを渡っていたほとりちゃんが、ふらりと立ち止まった。息を整えているのか、胸を押さえている。

「まっ……待って。姫莉ちゃんっ。もっとゆっくり……!」

「ほとり! 早くしないと逃げられちゃうっ! ……ああもうっ! そこで止まってたら、危ないからっ! 赤になるからっ!」

 わちゃわちゃと焦っているような、二人分の声が聞こえてくる。その隙に。私と沢西君は、彼女たちから大分距離を取る事ができた。

 とは言っても。ずっと走っているのはつらい。次第に足が遅くなってくる。
 さっき横断歩道を渡った所から、歩道を左方向に進んでいる。学校のある方角と反対の方角へ。

 前を行く沢西君が振り返り、こっちを見た。私のスピードに合わせて、隣を歩きつつ聞いてくれる。

「すみません。危険を感じたので、逃げましたけど……大丈夫でした?」

「うん……朔菜ちゃんって子がいなかったら、あの三人に無理やり連れて行かれてたかも」

 ひやりとして、己の腕を摩る。

「朔菜ちゃん大丈夫かな……? さりあちゃんって子と、争っているみたいだったけど」

「うーん。強そうだったし、大丈夫じゃないですかね? ……って! 先輩こっち!」

 腕を引っ張られ、横道へ入る。商店の並ぶ通りの、少し進んだ場所にあった建物……。一階がコインパーキングになっていて、手前に道路側を向いた自動販売機が設置されている。私たちは自動販売機の裏に隠れた。

 少しして。外の方から、慌ただしく走る音と……姫莉ちゃんの声が聞こえる。

「あっれー? こっちに来たよねー?」


 えっと……。

 駐車場隅の暗がりで、沢西君に抱きしめられている。

「先輩もっと、くっつかないと見えます」

 力を込められた。

 立ったまま向かい合う格好で……沢西君の腕が、私の背中にまわされている。

 走ったし……暑かったのかもしれない。沢西君が隣を歩いていた時、制服の上着を脱いでサブバッグに詰め込んでいるのを見た。だから彼の肩に顔を埋めている姿勢の今。シャツ越しに汗の香りを嗅いでいる状況でもあった。

 何だろう……臭い感じじゃなくて。汗の匂いも爽やかとか……そんな人が実在するんだと驚愕していた。

 そして「自分は臭いのではないか?」と、凄く心配になる。この状況に戸惑っていたのもある。僅かに身じろぎしたところ……沢西君の腕に更に力が入ったように感じる。姫莉ちゃんたちのものらしき足音も遠ざかったので、もう離れてもいいと思うんだけど。

「先輩? 逃げないで下さい」

 咎めるニュアンスの囁きが、間近で聞こえる。

「あの……、岸谷君が見てないとこでイチャイチャしても……」

 意見しながら、どうにか押しのけようとしたけど無駄だった。上半身がピッタリと、くっついている。

「知らない所でされてる方が、ダメージが大きい事もあります」

「うっ」

 思わず呻いてしまう。身に覚えあるよ。
 今日、晴菜ちゃんと岸谷君の関係を知った時。二人が私の知らない所でもキスしてるって想像して、嫌な気分になったよ。だから沢西君の言い分に、確かにそうだと納得させられる。

「ねぇ先輩」

 後頭部を撫でられた。

「さっきの続きしましょーよ」

 沢西君からの提案に、ただでさえ速い心拍がドクンと不整脈を刻む。

「さっきの……続き?」

 何を指しているのか。ほとんど察していたけど聞いてしまう。

「分かってる癖に。意外とあざといんですね」

 私を拘束する腕の力が緩んで、僅かに体が離された。すぐ目の前で、微笑んでくる。彼の左手が少しためらうような仕草で、私の右頬に添えられる。顔が近付く。

「嫌がらないと。本当にしますよ?」

 不服そうな声が聞こえて、ぎゅうっと閉じていた瞼を開いた。
 至近距離で睨まれていた。

「オレだって、嫌がってるのに強引にしたりしませんよ。酷いなぁ。そんなに、しかめっ面しなくてもいいのに……」

「しかめっ面?」

 沢西君に指摘され、自分の眉間に皺が寄っている事案に気付く。

「あっ、違うの! 嫌なんじゃなくて。ちょっとまだ……心が追いついてなくて。沢西君は平気なの? 好きな人じゃない人とも、キスできるの?」

 言葉の後半。笑って誤魔化そうとしたけど、だめだった。下に逸らした目から涙が落ちる。

「ごめんね。私……まだ岸谷君が好きみたい」

 目の前にいるのは沢西君なのに、岸谷君の顔を思い出してしまうのだ。

「あーそうですか。まーそうですよね」

 不満そうな声音で返されて、ドキリとして顔を上げる。不快に思われたかもしれない。

「オレじゃ岸谷先輩には敵いませんよね。坂上先輩の事……小一の頃から知ってるって言ってましたもんね、あの人。あーかわいそうなオレ。あんな、たらし野郎に負けるなんて」

 大げさなジェスチャーで悲しそうに振る舞っている沢西君の姿に、私の感傷が少し引っ込む。

 そうだよね。岸谷君はたらし野郎だよね。私の事が好きって言ってたけど、じゃあ何で晴菜ちゃんとキスしてたの? 考えたらムカムカしてきた。あんな人を想って泣くなんて。涙がもったいない。

 もう失恋したのだ。「俺を選んでほしい」とも言われたけど、私が晴菜ちゃんに敵う筈ないし。諦めないと。つらくなる前に。晴菜ちゃんと岸谷君は、キスまでする仲なのだ。もう私の手は届かない。失恋したのだ。

 繰り返し、心の中で言い聞かせていた。沢西君が悲しそうに微笑んでいる。言及された。

「先輩。岸谷先輩の事、本当に好きなんですね」

 私がすぐに涙を止められなかったから、心配してくれたみたいだ。安心させたくて笑って見せる。ハッキリ言い切ろうと努めた。

「大丈夫! 忘れるよ。ちゃんと復讐して、スッキリして、終わりにする!」

「無理しないで下さい。……やめます? 復讐」

 沢西君の言動に、目を見開く。

「やめる? そんなの困るよ。気遣ってくれるのは、ありがたいんだけど。今言ったじゃん。私は復讐をやり遂げてスッキリしたいの。一泡吹かせて、満足するまでやるんじゃなかったの? そんな弱気で勝てると思ってるの?」

 『復讐の先制攻撃』前に、第二図書室で言われた台詞を言い返してやった。沢西君はきょとんとした顔をしている。ややあって……強気な眼差しでフッと笑われた。

「そんな強がり言ってて、大丈夫なんですか? オレとイチャイチャする覚悟もない癖に。ましてや岸谷先輩に見られている訳でもないのに、弱腰だったじゃないですか。好きでもない奴とイチャイチャしたくないのは分かりますけど……。そうだ! 百歩譲ってオレの事、岸谷先輩だと思ったらどうです?」

「えっと……」

 沢西君がたくさん喋るから言いそびれた。私、別に沢西君が嫌だとか思ってない。ただ岸谷君のイメージが邪魔してくるだけで。むしろ今まで……キスの一つもした事がなかったので、興味はある。本で読んだ知識では、何ともいい気分になるらしい。本当なのだろうか? 確かめたい。

 沢西君の事は、嫌いじゃないし。今日知り合ったばかりだけど、好青年過ぎて「私なんかが相手でいいの?」と考えている。しかし気になる事があり、思い切って質問する。

「あの、その……。沢西君は平気なの?」

「オレはできますよ」

 事もなげに即答された。お互いの胴体が、さっきより離れているとは言え。まだ両腕を掴まれていて逃げられない。視線を左下に逸らす。

「沢西君はドキドキしないの? 私は今、心臓がおかしくて死にそうなのに」

 自分の胸の中央を右手で押さえながら、やっと伝える。暫くして……静かな声が駐車場に響いた。

「やめた方がいいですよ? 好きでもない男に、そういう事言うの。勘違いされますよ。まぁ、オレを落とそうとしてるのなら、話は別ですけど」

 ……ここが薄暗い場所でよかった。私の顔、赤くなってると思うから。恥ずかしい気がして、あんまり見られたくない。

 沈黙していると、溜め息が聞こえた。

「すみません。言い過ぎました。先輩がそんな事、考えてないのは分かってますから。ただオレが……ちょっと焦ってしまって」

 沢西君へ返答する為の言葉が出てこない。自分の中に事実を見つけてしまったから。そこから意識を逸らせないでいた。震える右手で口を覆う。

『まぁ、オレを落とそうとしてるのなら、話は別ですけど』
『先輩がそんな事、考えてないのは分かってますから』

 先程の沢西君の物言い。私も沢西君を落とそうとした訳ではなかった。でも。
 「沢西君も同じだといいのに」とは思った。


「先輩。さっき先輩が聞いてきた事の答えを教える代わりに、オレの質問にも答えて下さい」

「分かった。沢西君の質問って何?」

 私は自分の中に見出だした恋心の芽らしき感情に衝撃を受けていたので、沢西君の話を半分くらい上の空で聞いていた。まさか後から、あんな事になるなんて予想もしていなかった。