春夜君に手を引かれて、大通りを歩いている。街のあちらこちらがイルミネーションで彩られている。クリスマスムードだ。

 私たちは駅に併設されているショッピングモールを目指していた。隣接している広場に毎年、巨大なツリーのモニュメントが飾られる。二人で見に行く流れになった。

 バスに乗って向かった方が早いし、楽かもしれないけど。春夜君に「歩いて行きませんか?」と提案された。その際「話したい事もあるし」とも言われ……何の話だろうとドキドキしている。最近会っていなかったから「別れ話だったらどうしよう」と、少しだけ不安に思う。けれど……私も言いたい事があったので了承した。

「少し遠回りしていいですか?」

 こちらを窺うように聞いてくる。

「うん」

 返事をして気付いた。吐いた息が白い。カラオケ店の中が暖かかった分……外は寒く感じるな。
 春夜君に細めた目付きで見られていた。何か……呆れられているような気配がする。言及された。

「その格好。寒くないですか?」

「あっ、と……。寒いかも」

「ちゃんと、上着のボタンを留めてください」

 言いながら、私のコートのボタンを留めてくれる。

「あ、ありがとう……」

 お礼を口にしてハッとする。コートは膝くらいまでの長さがある。春夜君が閉めてくれるまで、ボタンも留めずに羽織っていただけだった。つまり前方からだと、中に着ている赤色のサンタコスチュームが見えたままになっていたのだ。スカートも、いつも好んで穿くものより短かった。タイツを穿いているとは言え、見苦しいと思われたかもしれない。

「変……だよね。やっぱり。私には。この服、可愛い過ぎて似合ってないよね」

 春夜君は下のボタンから留め、最後に一番上のボタンに手を付けていたところだった。上目遣いな彼と目が合う。

「何言ってるんですか?」

 やや、むっとした表情で言い聞かせてくる。

「そろそろ自覚してくださいよ。こんな格好で、無防備に街中を歩かないでください。スカートも短いです。見せるなら、オレだけに見せてください」

「は、はい」

 春夜君の剣幕に戸惑いつつ、首を縦に振る。お母さんみたいな事を言ってくるなぁ。

 髪を撫でられた。真剣な瞳に捉われる。

「明は可愛いです」

 彼はしていたマフラーを外し、私の首に巻いてくれた。温かい。少しだけ春夜君の匂いがする。

 再び歩き出す。しっかりと繋いでいる手が心地いい。幸せってきっと、こんな一瞬一瞬の事を言うんだと……掴み所のない思いが、ふっと意識に浮かび流れた。



 大通りから逸れた、海側の歩道を進んでいる。左手に建つビルよりも先へ行くと、視界が開けた。

 歩道のすぐ側から海が広がっていて、対岸の山や近くに架かる大きな橋も見渡せる。水面に無数の彩りが反射し、キラキラと輝いている。宝石箱をひっくり返して散りばめたような夜景に圧倒される。

 道の途中で。春夜君が立ち止まった。振り向いた彼は、何か言おうとするように口を開き掛けるけれど。言葉にするのをためらっているような、どこかつらそうな表情で見つめてくる。

 少し笑う。もしかしたら振られるのかもしれないと薄く察した。だめだよ春夜君。絶対に手放してあげないから。


「ねぇ春夜君。先に私から言ってもいいかな?」

 手に持っていた紙袋の中を、ゴソゴソと探る。彼は何も言わず、眼差しだけ向けてくる。大した事じゃない風を装い、明るく提案する。

「前、罰ゲームするって言ってたよね。今からしようか」

「今からですか?」

 彼は都合が悪いと言いたげな、渋い顔をした。そんなに嫌そうにしなくても。「ははっ」と小さく笑い、紙袋から取り出したマフラーを……目の前にいる大好きな人の首へ回す。

 色々とプレゼントを迷って、昨日やっと買った。紺のチェック柄で、ふわふわした手触りのものにした。見た時、何となく春夜君っぽいイメージが過ったので決めた。

 マフラーを巻いている間、彼が背を屈めてくれる。

「私の要求、全部に同意して」

 罰ゲームの主旨を伝えた頃、巻き終わった。


「目も」

 彼の肩に手を置いたまま、瞼にキスした。

「口も」

 唇へキスする。

「声も」

 喉に指を這わせ、胸の中央に触れた。

「心も」


「春夜君の全部は、私のものだから」

 本音を聞かせる。

「ほかの子を見ないで。私だけを見ていて。……一生」


 見開かれていた彼の目が、ゆっくりと伏せられる。次に視線が合った時、余裕のありそうな……ニヤリとした表情で言われた。

「いいんですか? 明も誓わないといけなくなりますよ? 一生オレに束縛されて……後悔しますよ」

 とびきり微笑んで答える。

「望むところだよ」




「オレたち、これから色々あると思うんです。進路もそうだし、まだ思い描けていないだけで……何らかの問題に直面する事もあるだろうし」

 彼は言葉を紡ぎながら、ポケットに手を入れている。

「オレはそういうの、明と乗り越えたい」

 左手に何かされた。見ると薬指に、綺麗な石の付いた指輪が光っている。

「いい時も悪い時も。明と一緒に経験したい。いいですか?」

 胸が苦しくて、涙が零れる。
 繋がれた両手を……ぎゅっと結んだ。

「はい。私も同じ気持ちです」







 三月の、桜がとても綺麗な日。引っ越した先の部屋に、春夜君が遊びに来てくれた。

 私は四月から大学に進学し、春夜君は高校の三年生に進級する。

 結局……。以前、約束していた春夜君のお家に引っ越す計画は取りやめになった。春夜君が「よく考えたら花織がいるんでした。絶対にダメです」と言い出したから。

 でも春夜君が高校を卒業したら、二人暮らしをする約束をしている。

 彼のマンションのすぐ隣の建物に賃貸物件の空きがあり、家賃が割と安かったので私だけ先に引っ越した。春夜君も高校を卒業したら引っ越して来る予定だ。……と言っても。すぐ近所に住んでいるのだから……会おうと思えば結構、頻繁に会えるだろう。

 今いる部屋は、三階建てのビルの二階にある。

 春夜君の住むマンションの敷地に桜が植えてある。淡い青空の下、花びらが陽光と戯れ街路を春色に染めていく様は穏やかで、この一時に出会えた事を心から尊く思った。

 次に咲く頃には、一緒に暮らしているのかもしれない。微笑んでドアを閉めた。



 居間の床に座る春夜君へ紅茶を差し出す。その際、床に置かれたスマホの待ち受け画面が見えた。

「あっ、その写真」

 見覚えがあって言い及ぶ。頬が緩んでしまう。

「懐かしい!」

 それは春夜君と出会った頃、彼や友人たちと行った海辺で撮影したものだった。もっと見たいなと思っていたら、春夜君がスマホを手渡してくれた。待ち受けにされていた画像をよく見ると……。

「えっ? これ私、大きくない?」

 手前にいる私が遠近の関係で、画面の半分くらいを占めている。私が映っているという事は、ほとりちゃんが撮ってくれたものだ。奥の方に小さく、朔菜ちゃんとさりあちゃんもいる。指で画像を拡大して確認する。

「ユララの朔菜ちゃんとさりあちゃん、やっぱり可愛いなぁ。私もちょっと、ユララの格好してみたいって思ったよ」

 懐かしみながら、しみじみと口にした。あれ?
 春夜君が薄目で……こっちを見ている。不満のありそうな表情で言われた。

「明の方が可愛い」

「うっ」

 呻いて胸の真ん中を押さえる。春夜君は私の心臓を止めたいの?

 彼の手が肩に触れる。頬や唇に口付けされる。

「春夜君はあまり……ユララが好きじゃない……?」

 疑問に思っていた事を聞いてみる。

「……普通ですね。別にいいですよ、明がユララの服を着ても。但し、ほかの奴に見せないで。オレにだけ見せて」

「えっ……?」

 想像したら、物凄く恥ずかしい気がしてきた。

「楽しみにしてますね」

 ニヤッとした顔で言ってくる。彼からの接触が増していく。

「……春夜君、何か……焦ってる?」

 首へ伝わる刺激に身震いした。

「そうですね。明だけ大学に行かせるの不安です」

 目を見開く。

「大丈夫だよ、心配しなくても。私ぼけっとしてるかもしれないけど、晴菜ちゃんや皆もいるし! 楽しみなんだ」

 笑って言うと、彼は苦笑した。

「そういう意味じゃないです」

「じゃあ、どういう意味?」

 見上げて尋ねる。

「春夜君の気持ちを……私が分かるまで教えて?」

 彼が答えるまで、少しの間があった。

「……いつからそんなに、あざとくなったんですか?」

 指摘されてしまった。そうだよ。私は春夜君を落としたいんだよ。白状する。

「だって私の方が焦ってるから」

 赤面している筈の顔を、両手で覆う。

 高校を卒業して、一緒の学び舎に通えなくなる。それだけの事で、とても不安な方向に考える時もある。春夜君が新しいクラスメイトの誰かを好きにならないとも限らないとか、つい想像して自己嫌悪に陥るなんて日常的にある。

「ますます心配になりました」

 溜め息と共に打ち明けられた心情が思い掛けなくて、見つめ返す。「まだ分かってないの?」と言いたげな目で睨んでくる。

 凄く近くで小さく……理由を囁かれた。だけど動悸が激しくなるばかりで。この時は全然、分かっていなかった。

 私が推量するより彼の気持ちが重いと知るのは、もう少し先の話である。