クリスマスイブ当日になった。予約していたカラオケルームに入った後、クリスマスパーティーが始まる。
ここに来るまで各自、丈の長いコートや上着やロングスカート等で隠していた……クリスマス仕様のコスチューム姿にチェンジする。
「姫莉ちゃん、可愛い~!」
佳耶さんが姫莉ちゃんを見て目を輝かせている。
「そうでしょ? だって姫莉だもん!」
姫莉ちゃんが得意げに胸を張る。姫莉ちゃんが着ているのはトナカイのコスチューム。黄土色のモコモコした生地で、おなかのところは楕円形に白い。袖は短くパフスリーブの形で、同じようにモコモコしたパンツとセットになっている。極め付きは彼女の被っているフードで、トナカイの可愛い顔と丸っこい角が付いている。
「くっ! 私も着たかった……!」
姫莉ちゃんの隣で、ありすちゃんが悔しがっている。
「あっ、ありすちゃん?」
思わず声を上げる。ありすちゃんの格好をまじまじと見回す。
「……っ。やっぱり私には、似合わないよね? こんな可愛い服」
ありすちゃんはそう言ったけど。これは……。
「もの凄く似合ってるよ! めちゃくちゃ可愛いね、巫女サンタ!」
「でしょう? 私の今回一番の力作なの!」
興奮気味に讃えた私の隣で、ほとりちゃんがニヤリと自慢してきた。
「ありすちゃんを見た時、閃いたの! 凛とした佇まいと見事な黒髪……。この巫女サンタ服を、一番輝かせられるのは彼女だって!」
ほとりちゃんの言う通りだと感心し、もう一度ありすちゃんを見る。
姫莉ちゃんの着ているトナカイコスチュームと同じようなモコモコした生地で作られているから、巫女っぽい和風の形でもクリスマスのコスチュームだって分かる。膝くらいまでの赤いキュロットスカート。白タイツ。白い上着の襟元と袖は着物っぽい。腰の辺りの左側と結んだ髪に、赤いリボンが付いている。そして赤と白のサンタさんの帽子を被っていた。
「あ、ありがとう……」
ありすちゃんが照れたように、被っていた帽子で顔を隠している。
「明ちゃんとほとりちゃんも、凄く可愛い」
ありすちゃんに言われて、どぎまぎしてしまう。何と言えばいいか惑って、ありすちゃんと同じ文言で返事する。
「あ、ありがとう……」
「えへへ。照れちゃうなぁ」
ほとりちゃんも、少し恥ずかしそうに笑っている。
ほとりちゃんはワンピースのサンタさんで、厚めの生地が暖かそう。ややタイトな作りで丈は膝下まである。このメンバーの中で、一番普通のコスチュームだ。小さめのサンタ帽を、やや斜めに被っていて……サンタ帽に付いている丸いふわふわの飾りの垂れ具合が絶妙に可愛い。
私が着ているのも普通のサンタコスチューム。赤い長袖上着の襟と袖口付近が白い生地になっている。赤いスカートの裾付近も白い生地で、丈は膝の少し上くらいなんだけど……ちょっと短いよね? 黒タイツを穿いているって言っても気になる。
このコスチュームは以前試着会で、さりあちゃんが断念したものだ。さりあちゃんは背が高いから、上着の丈も少し短くてお腹がチラリと見えるセクシーなサンタさんになりそうだった。
セクシーと言えば。佳耶さんに目を向ける。佳耶さんも普通のサンタ服の筈だったのに。しかも私のと違って、スカート丈が膝下まである。何と表現すればいいのか。彼女は、ただ普通に着用しているだけなのに。どうしても視線が、胸部に吸い寄せられる。今まで気付きにくかったのは、きっと分かりにくい服を着ていたんだと思う。それなのに腰が細くて羨ましい。
「朔菜たち遅いわね」
さりあちゃんがドアの方を見ながら言った。今日のコスチュームの中で一番異質だったのが、さりあちゃんが着ているものだ。丈の長い紺色の生地で作られた、シスター風ワンピース。ベールのような被り物が彼女の髪色に映えて凄く綺麗だ。ほかの子の着ている服と色味が違って、とても目立っている。ほとりちゃん曰く……ハロウィン用に作っていたけど、その頃は皆忙しくて集まれなかったからお蔵入りしたもの……との事だった。
「思った通り。さりあちゃん……神秘的な美しさだよ」
ほとりちゃんが満足げに、さりあちゃんを眺めている。
そんな時、ドアが勢いよく開けられた。
「見て見て! 朔菜の!」
部屋に入ってきたのは晴菜ちゃんだ。彼女は白い縁取りの赤いポンチョが可愛いサンタコスチュームで、スカートがタイトなのものをチョイスしたのが晴菜ちゃんっぽい気がする。裾の部分がヒラヒラしていて、マーメイドスカートにも見える。そして……ほとりちゃんと同じく、小さめのサンタ帽。とにかく可愛い。
「はやくう! 何恥ずかしがってんの!」
中々部屋へ入ろうとしない朔菜ちゃんに、晴菜ちゃんが痺れを切らして腕を引っ張っている。おずおずと俯きがちに、朔菜ちゃんも部屋へ入って来る。部屋にいた皆がどよめいた。
「ユララだ! ユララのクリスマスバージョン! わー! 姫莉もやりたかった!」
「朔菜ちゃん、凄い似合ってる可愛い!」
「えっ? まさか? ここまでユララそっくりなコスプレ、見たことないよ!」
「朔菜……! 私もしたかったわ……」
「ふふん。でしょでしょ。クリスマスバージョンもいいよね!」
羨ましがっている姫莉ちゃん、ニコニコ楽しそうな佳耶さん、驚いているありすちゃん、悔しがっているさりあちゃん、功労者のほとりちゃんが口々に喋り出すから……室内が更に賑やかになる。
朔菜ちゃんは晴菜ちゃんのコスチュームと似た作りのサンタ服を着ている。だけどスカート部分はふんわりした印象のフレアスカートで、裾の端が白いふわふわで縁取られている。メイクや髪や瞳の色もユララ仕様で、小さめの羽もポンチョの後ろ側に付いていた。
……これ、花織君が見たら喜ぶんだろうなー。
考えて気の毒に思う。今日のクリスマス女子会は男子禁制という掟がある。女子だけならコスプレしてもいいという子もいるからだ。私もそうだ。してみたいけど何か恥ずかしい、この気持ち。だから参加者は花織君のほか、春夜君や理お兄さんといった男子組には情報を洩らさないよう……朔菜ちゃんたちから言い含められていた。
――だが。思いも寄らない物事は、水面下で進行しているのだった。
皆で和気あいあいとカラオケしていた。大きなクリスマスケーキを切り分けて食べた。姫莉ちゃんとありすちゃんの好みの曲が被っていて、どちらが上手いか勝負が始まり……全員を巻き込んだ歌合戦に発展した。
最中、お腹が痛くなるまで笑ったし……しんみりした曲を情感たっぷりに歌われて涙が出た時もあった。しかも、それは私の対戦相手だった。
楽しい時間も、あと僅かで終わる頃……唐突に部屋のドアが開いた。
直前まで騒がしかった皆が、水を打ったようにしんと静まる。出入り口に立つ彼らを見ていた。彼らも私たちを見て、目を大きくしている。
彼らの一番前に立っていた花織君が、呆然とした様子で口を開く。
「え? ユララのサンタ? ヤベーよ。オレ、一生分の運を使い果たした気がする……。知らない間に死期が迫ってたりしないよな?」
「落ち着け。まずは状況を見ろ。アウェー感半端ねぇぞ」
前髪のもっさりした男子が、花織君に助言している。花織君の後方には彼のほかに理お兄さんや岸谷君や……春夜君もいる。
「この中に裏切り者がいます」
変な空気が漂っていた中、強めの語気を孕んだ声が響いた。立ち上がったさりあちゃんが、険しい眼差しで私たちを見渡す。問われる。
「誰? このクリスマス女子会を密告したのは」
その場にいた女子たち全員が息を呑む様相で、さりあちゃんに注目していたと思う。そんな中……。
「ぴーぴゅる~」
室内に気の抜けた音が鳴った。さりあちゃんが部屋の奥へ視線を向けている。私も音のした方を見た。口笛を吹いていたのは……。
「ぴゅーぅ」
「犯人は姫莉ね」
「何で分かったのっ?」
姫莉ちゃんが目を剥いて、さりあちゃんに尋ねている。さりあちゃんは渋い顔で聞き返す。
「逆に何で今、口笛を吹いたの?」
「漫画に描いてあったもん。誤魔化す時の定番でしょ?」
さりあちゃんが額を押さえ、口の端をピクピクさせている。姫莉ちゃんがニコッと笑った。
「ごめんね皆。姫莉どうしても聡に見せたかったの! トナカイになった姫莉の、この可愛さを!」
彼女は芝居がかった身振り手振りで動機を自白した。
「それなら、この場に呼ばなくても。後から二人だけで会えばよかったでしょ?」
頭の痛そうな仕草だったさりあちゃんが言い及ぶ。姫莉ちゃんは少し口を開けた表情でさりあちゃんを見つめた後、言った。
「そっか。そうだね!」
明るく笑っている姫莉ちゃんに釣られて笑う。一時はどうなる事かと思ったけど。秘密が漏れるのも無きにしも非ずだと思っていたし、咎める程の事でもない気がする。
ほかの子たちも、ホッとしたように笑っている。
「皆、うちの姫莉がごめんね」
さりあちゃんが、よろよろと肩を落としながら謝った。
「大丈夫だよ! ちょっと恥ずかしいけど、そんな怒るような事でもないし」
佳耶さんが顔を横に向けた不自然な姿勢でフォローしている。このメンバーの中で、一番うろたえている様子なのが彼女だった。今も……出入り口近くに立つ理お兄さんの視線から、必死に逃げようとしているように見える。
「う、うん大丈夫……大丈夫。ははは。それより、そろそろ退室の時刻じゃない? 彼氏いる人は羨ましいな。お迎えに来てもらえたって事でしょ?」
ありすちゃんがぎこちなく教えてくれる。彼女も恥ずかしそうに苦笑いしている。
「じゃあ、今日はこの辺でお開きだね。皆ありがとう! すっごく楽しかったよ!」
晴菜ちゃんが明るい笑顔でクリスマスパーティーを締めくくった。皆も今日の楽しかった事を口々に振り返る。
「歌合戦、笑ったね!」
「佳耶さん強過ぎ!」
「ほとりちゃん、可愛い衣装を作ってくれてありがとう!」
「皆凄く似合ってたよ~!」
それぞれ帰り支度を始めた。
「聡、見て見て~! 姫莉トナカイ~! 可愛いでしょ?」
姫莉ちゃんが岸谷君の方へ近付き、クルッと回って笑った。
「あ、ああそうだな」
「えへへ~」
岸谷君は姫莉ちゃんが持っていたコートを手に取り、彼女へ着せ掛けている。そして彼女の頭を撫でた。優しい眼差しで。
「行こう」
「うんっ!」
二人が帰った後、ほかのメンバーも続々と部屋を出て行った。
「お先~!」
「またね~!」
「佳耶。何で俺に黙ってたの?」
「だって……恥ずかしいし」
「ほとり、ありす。私たちは二次会よ!」
「待ってました! これからが本番だよぉ~!」
「えっ? 私もいいの?」
最後に残った。ドアの前に立ったままの春夜君から、視線を送られている。見つめ返していた。
