春夜君に告白した日の帰り道、それまで『春夜君の好きな人は晴菜ちゃん』と思っていた私の誤解は解けた。春夜君が「それは大きな誤解です!」と、じっくり説明してくれたからだ。

 歩道を並んで歩く彼に確認する。

「じゃあ春夜君の好きな人って、本当に私だったの……?」

 目を大きく開いて、相手を見つめる。

「やっと……その答えに辿り着いてくれたんですね。そうですよ」

 言いながら、横目に非難するような視線を送ってくる。苦笑いで受け止めた。


「両想いですね?」

 確認される。

「そう……だね」

 照れてしまって、答えながら足元に目線を移動させる。

「正解したご褒美をあげます」

 突然そんな事を言われ、思わず顔を上げて彼を見た。

「但しご褒美をあげる代わりに、オレの頼みを聞いて下さい」

 要求に息を呑む。
 頼みって、何だろう。私にできる事……だよね?

 子細を説明してもらった。

「この間、明と行きたかったんですけど……その時は行けなかったので。一緒に来てほしいんです。ほら、商店街の真ん中くらいに喫茶店がありますよね? ずっと行ってみたいと思ってたんです。明と。明って、そこの食品サンプルのパフェを気にしてましたよね? 奢りますよ」

「……っ」

 そんなところも見てたの? 少しだけ、春夜君の好きな人が私だって信じ切れてない部分があったけど。たった今、本当なんだって実感した。私が考える程度より、好かれている気もするような?



 商店街の中程にある、件の喫茶店に到着した。お店の入口付近に看板が出ていて、お会計から二割引きの札が貼ってある。

 二割引きの日とあって、お客さんが多い。暖色系の照明は明る過ぎず、普段は落ち着いた雰囲気の店内なんだろうなと思う。晴菜ちゃんのお母さんの美容室みたいに、奥に長い造りのお店だった。左右にテーブルと椅子が配置され、真ん中が通路になっている。

 店員さんに奥の方の席へ案内されている最中、後から来たお客さんの声に振り向く。聞いた事のある声だった。

「わーい! アイス、パフェ、プリン! 聡、全部食べたい!」

「ダメだ。どれか一つにしろよ」

 はしゃいでいる様子の姫莉ちゃんと、彼女に釘を刺している岸谷君が……こっちへ来る。岸谷君が私たちに気付いた。

「わっ? 坂上? ……に沢西」

 岸谷君が苦笑いを浮かべている。私も少し気まずく笑い掛ける。

「偶然だね」

 先週の夜、公園で会った以来だ。教室では岸谷君に避けられていたのか、話をする機会がなかった。
 岸谷君たちは店の中央に近い席へ案内されている。私と春夜君は奥の、真ん中にある席へ通された。

「えっ? 花織……? 理兄ちゃんも!」

 春夜君の声に、顔を向ける。奥の左側の席に、花織君と理お兄さんが座っている。テーブルを挟んで花織君と向かい合う位置には、綺麗な女の人がいる。

 誰だろう。……まさか?

 すぐにピンときた。この人が予てから噂の『佳耶』さん?

「えっ? 明ちゃん?」

「坂上さんに沢西君!」

 後方から呼び掛けられた。振り返る。入口付近に立っていたのは、灰色い制服姿の……ほとりちゃんとさりあちゃんだ! 朔菜ちゃんもいる! 朔菜ちゃんは黒いスカジャンのポケットに両手を入れた格好で、ガムを膨らませている。

「わー! 凄い偶然! あっ! 花織君に理お兄さんも! えっ? 姫莉ちゃんもいる! やっぱり皆、二割引きの日に釣られちゃうよね~!」

 ほとりちゃんがニコニコ顔で、しみじみと言う。店員さんと話をしていた朔菜ちゃんが、こちらを向いて目を細めている。

「知り合いがいたから、そこに座らせてもらいます」

 彼女は店員さんに断って、店の中央を奥の方へ歩んで来る。ほとりちゃんとさりあちゃんも彼女の後ろに続く。

 お店が混んでいて奥の右側にある二人用のテーブルしか空いていないようだ。朔菜ちゃんはほとりちゃんとさりあちゃんにその席を譲った後、私と春夜君がいるテーブルの……隣のテーブルの椅子に迷う事なく腰掛けた。

「空いてないから、ここに座らせて。いいよね? 理お兄さん……花織。それから佳耶さん?」

「えっ? どちら様?」

 花織君の向かい……私から見て朔菜ちゃんより奥の席に座っている綺麗なお姉さんが、驚いた様子で声を上げた。

「私? 私は『朔菜』。佳耶さんの事は理お兄さんと花織が話してるのを聞いてたから、すぐに分かったよ」

「え、ええー? ちょっと二人とも、私の話って? 何を話してたの?」

 佳耶さんが少し怒っているような表情で二人に聞いている。

 改めて佳耶さんを見る。胸くらいまである長さの黒髪を、レースの掛かった白いシュシュで後ろの低い位置にまとめた髪型。大きくて優しげな目で小顔。フリルの付いた白いブラウスと薄紫色のスカートという服装。可愛らしいお姉さんといった印象を持った。

 佳耶さんが尋ねているのに、花織君と理お兄さんは何故か黙っている。花織君は暗い様相で俯いているし、理お兄さんはニコニコ微笑んだまま。理お兄さんは、何か楽しい事でもあったのかな?

 花織君が理お兄さんを睨んで言う。

「おいちょっと待て。この知り合いの多い中で、オレは言わないといけないのか? 想定してたよりエグ過ぎるシチュエーションになってるんだけど。今日はやめて次の機会にって事には……」

「ダメだ。写真と動画を送ってやっただろ? 佳耶にバラされたくなければ……」

「くっ!」

 妖しく微笑む理お兄さんの様子に、花織君は悔しそうな顔をしている。私は、またもピンときた。以前、車中で二人が話していた会話の内容が頭を過る。

 まさか? 今ここで告白するのかな……?

「何? 二人して何の話をしてるの?」

 佳耶さんが理お兄さんと花織君へ、疑念を孕んだ目を向けている。花織君は一瞬、朔菜ちゃんを見た後で佳耶さんに向き直る。

「佳耶」

 花織君が彼女の名を呼んだ後、はっきりと言うのを聞いた。

「オレ、佳耶の事が好きなんだ」

 一時、周囲が静まったように思う。息を呑んで成り行きを見守る。暫くして佳耶さんが口を開いた。

「えっ! そうなんだ……」

 佳耶さんは照れたように俯いている。小さく、返事が聞こえる。

「……私も」

「えっ?」

 返答が意外なものだったのか、花織君が声を漏らす。彼は心底驚いたと言わんばかりの顔をしている。
 花織君が勢いよく理お兄さんの方を向く。責めるように睨んでいる。

「お前。もしかして、知ってたな?」

 花織君の言葉に、理お兄さんは目を細めただけで……その口からは答えを聞けなかった。
 急に朔菜ちゃんが立ち上がったので驚く。

「トイレ」

 低い静かな声で呟いて席を離れた朔菜ちゃんの背中を見送る。彼女がいつも愛用しているお化粧の道具が入ったバッグを持っているのに気付いた。まさか……ね。

 私の予感は十分後に的中する。トイレから戻って来たのは何故か、朔菜ちゃんではなく舞花ちゃんだった。服もちゃんと……灰色い制服に着替えていて、バッグも別の物に代わっている。

「えっ? 舞花様っ?」

 さりあちゃんが、びっくりした表情で彼女を見ている。舞花ちゃんは、さりあちゃんの呼び掛けには応えず……少し怒ったような表情で元の朔菜ちゃんが座っていたテーブルの前へ立った。

「お久しぶりです。花織お兄ちゃん。私の事、覚えていますか? 小さい頃、遊んでもらっていた舞花です」

 先程までの朔菜ちゃんの声とは違う、儚く可憐な声音で花織君に話し掛ける舞花ちゃんを……その斜め後ろの席から見上げていた。

 何だろう。背中がピリッとするような……トラブルが起きそうな予感がする。
 パフェを食べながら震えた。


「えっ? あれっ? 舞花ちゃん? びっくりした!」

 佳耶さんが目を大きくした表情で、舞花ちゃんに話し掛けている。

「お久しぶりです。佳耶お姉ちゃん」

「名前を聞くまで分からなかったよ!」

 明るく再会を喜んでいる様子の佳耶さんに、舞花ちゃんは微笑んで……少しだけ目を伏せた。

「……私も。すぐに思い出せなかったです」

「舞花ちゃんは……花織君とも知り合いなんだね」

 佳耶さんが首を傾げながら聞いている。

「ええ、そうなんです」

 舞花ちゃんはニッコリしたけど、瞳には陰りがあるように見える。

「ねぇ? 花織お兄ちゃん?」

 舞花ちゃんに話しを振られた花織君は、左手でお冷を飲みながら右手で額を押さえている。

「えっと……待って。名前は、どこかで聞いた事があるんだ。今、薄ら記憶が戻って来そうなんだ。舞花ちゃん……舞花ちゃん……」

 舞花ちゃんは直後、今この状況を混迷に陥れる爆弾発言を投下する。

「あの頃……私と将来、結婚してくれるって約束しましたよね? まさか忘れてませんよね?」

「ふぐっ?」

 花織君が咽た。

「え……? まさか、あの子? ええっ?」

 かなり動揺した様相で、口元をシャツの袖で拭っている彼は口走る。

「待て待て待て待ってくれ。オレ……何で、こんなにモテてんの? これって何かの陰謀? もしかして……ここにいる奴、皆グル? オレを嵌めて、笑い者にしようとしてる?」

 どうして彼がモテているのかは謎だったけど。普通なら喜んでよさそうな場面で疑心暗鬼になる花織君を、ちょっと不憫に思う。

 席が空くのを待っているお客さんもいるので場所を変えて話そうと理お兄さんが提案し……花織君・佳耶さん・舞花ちゃん・理お兄さんは、この後も話し合う為に花織君の家へ移動するらしい。春夜君も理お兄さんの車で帰ると言う。

 理お兄さんと喋っていた春夜君が、こっちを向いた。もう少し一緒にいたかったので残念に思いつつも、明るく手を振る。

「そっか……また明日ね!」

 私を見た春夜君の目が、一瞬……大きくなった気がする。その双眸はすぐ後、何か不満を持ったように細められた。

「何言ってるんですか? 先輩、今日は用事ないって言ってたでしょう? もちろん、うちに来ますよね?」

 春夜君が当然の如く誘ってくれる。