【完結】【修正版】幼馴染に裏切られたので協力者を得て復讐(イチャイチャ)しています。


 塾の帰り、沢西君と手を繋いで歩いている。不意に……彼の足が止まった。いつか帰る途中、姫莉ちゃんたちから逃れる為に隠れた自動販売機のある駐車場が見える。
 あの日、訪れた際は……まだ昼間に近い夕方で。駐車場内には陽が当たらず薄暗かった。
 今は夜だけど、照明の光で煌々と明るく感じる。逆に、私たちのいる細い路地は暗がりになっている。表通りと違い人影はない。

「ねぇ、予習しよう」

 静かな表情で、沢西君が持ち掛けてくる。復讐の計画を共有した際、決めた隠語。「予習」は……岸谷君とこれからするかもしれない行為を、先に沢西君とする事で。「復習」は……岸谷君がしてきた以上の行為を、沢西君とする事。

「ここで? ……分かった」

 少し恥ずかしく思いながらも、承諾して向き合う。恐る恐る、唇を近付ける。キスは初めてしたあの日以来。私からした事は、まだなかった。

 重ねると腰を引き寄せられる感覚があって、口内に侵入してきた舌の感触に背中がぞくりとする。

「好きです先輩。第二図書室で、よく見てました」

 沢西君の言動に、鼓動が跳ねる。

「えっと……」

 言い淀む。これは……私、試されているのでは? どう応えよう。ドギマギしながら本心を打ち明ける。

「私も。どんどん沢西君を好きになっていくの。いつも会うのが、凄く楽しみなんだよ」

「先輩、上手くなりましたね」

「沢西君も、本当の告白かと思ったよ」

 本当の告白じゃなかったけど、とても幸せな気持ちになる。一緒にいれるのが嬉しくて、口元が緩んでしまう。沢西君の顔が近付いてきて、もう一度キスする。その行為に、どこか熱っぽさがあるように思う。

「沢西君、何か焦ってる?」

「そうかもしれません。あと三分で、バスがバス停に着く時刻なのに。全然帰りたくなくて焦ってます」

「……急ごう!」



 バス停に到着した。バスはもう出発した後だ。次に来るのは十五分後。ベンチに並んで腰を下ろす。提案された。

「名前呼びしませんか? オレたち二人だけの時は、下の名前で呼び合いましょう」

「それいいね!」

「今まで付き合うフリをしていたのに、その辺が恋人らしくなかったなって思ってたので」

「でも何で二人だけの時? これは見せ付けなくていいの?」

「たまにぽろっと呼んでしまって……って方がリアルくないですか?」

 エグいよ沢西君。苦笑した。

「明」

 自分の名前なのに耳慣れない。何だかムズムズする感じ。そんな内心も見透かされているのかもしれない。落ち着いた声と眼差しに促される。

「慣れなきゃ」

「う、うん」

 意を決して向き合う。

「は、春夜……君」

 呼ぶと、ニコッと笑う沢……じゃなかった春夜君。

「よしよし。よくできました先輩……あっ!」

 うっかり言い間違った様相なのも。手で口を覆っている仕草も。おかしくて、笑ってしまう。

「オレも慣れないと」

 笑いながらバスを待った。



 次の日、いつもの時間に春夜君が来ない。当然か。私は今、岸谷君の彼女だから。溜め息をつき、教科書を鞄に入れる。机の横に誰かが立った。見なくても分かる。

「岸谷君お待たせ。帰ろうか」

「ちょっと待って!」

 立ち上がった私を、晴菜ちゃんが呼び止めてくる。

「明ちゃん、何で岸谷君と帰ろうとしてるの? 明ちゃんは沢西とかいう子と付き合ってたよね?」

「あっ! 言うの忘れてた! 昨日から岸谷君と付き合ってるよ。一昨日、岸谷君から告白されて。昨日、返事をしたの」

「ちょっと来て」

 廊下へ連れ出される。その際、岸谷君には「少し待っててね」と言い残しておいた。
 晴菜ちゃんに引っ張られて第二図書室まで来た。中に入るなり問い詰められる。

「明ちゃん、どうしちゃったの? 沢西って子とケンカでもしたの?」

 両腕を掴まれて、瞳を覗かれる。私も見返す。

「ううん? してないよ。むしろ沢西君に岸谷君と付き合うよう言われて、岸谷君の告白を受け入れたの。私は本当は、沢西君が好きなんだけどね」

 もし晴菜ちゃんに、何故……岸谷君と付き合ってるのか聞かれたら言うようにと言われていた文脈を口にする。嘘偽りなく私の現状そのままの理由でもある。ただ、復讐については触れていない。

 だけど……不安だな。「沢西君が好き」って言ってしまったけど。また晴菜ちゃんに、好きな人を奪われたりしないよね?

「あいつ……!」

 呟きには、怒りに燃えるようなドス黒い響きを感じる。私から手を離し、何事か考えるように右手親指の爪を噛んでいる。

「明ちゃん、今からあいつを呼び出して……」

「その必要はありません」

 第二図書室の奥から声が聞こえて、ビクッと震える。片方の手に本を持った格好で、春夜君が姿を現す。

「二人とも、ここに人がいないかくらい確認してから話して下さいよ。読書の邪魔です」

「どういう事か説明しなさいよ」

 晴菜ちゃんが春夜君を睨んでいる。春夜君が指で、眼鏡をクイッと押し上げる。彼は晴菜ちゃんへ、蔑むような目を向けている。

「それはこっちのセリフです」

 その時、引き戸の開閉音が響いた。出入口の方を見る。

「あ、坂上ここにいた。そろそろ帰ろう」

 やって来た岸谷君に、第二図書室から連れ出された。



 バスを降り、岸谷君と二人……並んで歩いている。岸谷君が何か喋り掛けてくれているようだけど、私は曖昧な相槌しか返していない。

 身体は岸谷君と家路についているのに、頭の中は春夜君と晴菜ちゃんの事で埋め尽くされている。二人を残して帰ってしまった。
 帰りたくなかったけど、岸谷君に「残りたい」とも言えないし。岸谷君からしたら今……私は紛れもない「彼女」なんだ。私に全然、そのつもりがなくても「付き合っている」という事実は揺らがない。

 私たちの家がある丘の下……パン屋さんを通り過ぎた頃に、岸谷君がこっちを見た。

「坂上」

「ん?」

「手、繋いでもいいか?」

 問われて一瞬、言葉に詰まる。けれど明るく返答する。

「うん、いいよ」

 付き合っているのに手を繋ぐのを拒むのも変かなと思い了承する。
 大きくて骨ばった手に、右手を包まれる。

 岸谷君と歩いているのに、春夜君の事を考えている。この道で、手を繋いだ日の事を。

 二週間前まで、あんなに好きだった人と付き合えて……一緒にいるのに。全然……満たされていない心に自覚する。私、やっぱり春夜君が好きなんだ。

 ……これからどうなるんだろう。横目に岸谷君を盗み見る。岸谷君と付き合って復讐して、それから? 春夜君からは、その先の事を聞いていない。

 思えば岸谷君とは幼馴染なのに。一緒に過ごした記憶が殆どない。いつも私の傍にいたのは、晴菜ちゃんだった。

 長年一緒にいた彼女の事さえ私はよく知らないんだと……最近になって、やっと気付いた。
 何を考えているのかも掴めない。先週知り合った、彼女のお母さんの事も。

 小さい頃「お母さんは都会で働いてるから、なかなか会えない」って、晴菜ちゃんが泣いていたのを思い出していた。その時……慰めになるといいなと考え、髪留めをあげた。誕生日プレゼントに買ってもらったお気に入りだったけど、後悔はない。彼女は今も、そのヘアピンを使ってくれているから。ヘアピンなんて特に、子供の時分はすぐに失くしてしまいそうな物なのに。

 晴菜ちゃんは本当は凄く優しい子だって、それだけは知っている。


 見晴らしのいい場所に差し掛かった時、岸谷君が立ち止まった。

「坂上、俺と付き合ってくれてありがとう。幾つか気になってる事があって、確認しておきたい」

 真剣な眼差しを向けられる。気圧されて「分かった」と言ってしまった。
 直球に聞いてくる。

「本当はあいつの事が好きな癖に、何で俺と付き合ってるんだ?」

「えっと……?」

 呟いて思わず、視線を外してしまう。両腕を掴まれた。

「何を企んでるんだ?」

 不機嫌そうな声で問われ、恐る恐る相手を窺う。短めの黒髪が風に揺れている。ややつり目気味の双眸を細めて、こちらを見返してくる。

 どうしよう。本当の事なんて言えない。

 「岸谷君に復讐する為に、沢西君とイチャイチャしています」なんて。素直に答えたら、間違いなく計画は失敗する。


「私、岸谷君の事……好きだよ?」

 精一杯の回答を出した。笑顔を作った筈だけど、苦笑いになってしまった自覚がある。
 岸谷君の事は……うん、好きだよ。晴菜ちゃんとキスしてるのを見る以前の好きより、濃さも大きさも十分の一以下になった「好き」だけど。

「言ったな?」

 何故か岸谷君の口角が上がり、面白がるような雰囲気で指摘される。

「じゃあ俺が今、坂上とキスしたいって言ったら……させてくれる訳?」

「えっ?」

「当然……付き合ってるんだから、そういう『好き』だよな?」

 鋭く痛いところを突かれて、ぐっと返事に困ってしまう。

 引き寄せられる。腕の中に囲われた時に漸く。春夜君が以前してきた質問の、真意を……垣間見た気がした。

『岸谷先輩とだったら、キスしたいですか?』

 あの時……まだ未練のあった私を、岸谷君とくっつけようと考えたの?

 根拠もなくただ、そんな気がした。


 力いっぱい相手の胸を押し、身を離す。

「ごめん。まだ心の整理がついてなくて。岸谷君は晴菜ちゃんが好きでしょ? 何で私と付き合ってるの?」

 問い質す。岸谷君は顔をしかめている。一拍、言葉に詰まったような間があった。

「俺が好きなのは、坂上だけだよ」

「じゃあ何で晴菜ちゃんとキスしてたの? 好きじゃない人ともするの?」

「それは内巻に脅されてて……」

「岸谷君。小一の時、私にプロポーズしてくれたよね。私、嬉しかったんだ。……でも今はもう、何もかも汚い思い出になった。ぐちゃぐちゃに踏みにじられた気分だった。だから私は、本当に好きな人としかキスしない。岸谷君はきっと……私の事は好きじゃないんだと思うよ?」

 言いたい事だけ言って背を向ける。岸谷君を置き去りにして坂道を走る。
 触られたところが、ぞわっとしている。
 グルグルと混乱しそうな内情を安定させたくて「春夜君に復習してもらわなければ」と……何度も考えていた。

 家に着いて息を整えている時にスマホが鳴る。メッセージが届いた音だった。

 送り主と通話する。話の内容に大きく心を揺さぶられる事態に陥る。
 居ても立っても居られず春夜君に連絡し、会いに行く為にバスに乗った。