話によると。朔菜ちゃんと晴菜ちゃんはいとこで、晴菜ちゃんのお母さんは朔菜ちゃんの叔母さんなんだそう。
本当は名前も「朔菜」ちゃんじゃなくて「舞花」ちゃんらしい。
小さい頃から演じ分けていたという話を聞いた。理由は「ユララになりたかったから」……意味が分からない。きっと言葉で語り尽くせない何かが、彼女の中にあるのだろう。
「えっと? じゃあ明ちゃんを舞花様の元へ連れてくるよう指示を出してきたのは?」
ほとりちゃんが舞花ちゃんに尋ねている。さっきからずっと、ほとりちゃんの目が大きく見開かれたままだ。
「私じゃないって言ってるじゃん! 最初から」
目の前の儚げな美少女から、いつもの朔菜ちゃんの声が出ている現状に違和感が半端ない。ほとりちゃんたちと同じ灰色の制服をまとう彼女は、今は腕を組んで難しい顔をしている。
「朔菜ちゃんの姿で言われても、ただの朔菜ちゃんの推測って判断しちゃうよぉ~。でもじゃあ、誰が指示を?」
「指示はどうやって来た?」
舞花ちゃんが聞くと、ほとりちゃんが暗い表情で教えてくれる。
「姫莉ちゃんが……」
「あの子……」
舞花ちゃんの目が鋭く細まる。彼女は人差し指の関節を顎に当て、何か考えている様子だ。
ほとりちゃんが意を決した雰囲気で言い出す。
「私が問い詰めて……」
舞花ちゃんがハッとしたように目線を上げた。
「絶対にやめて! ほとりが狙われるかもしれないでしょ?」
「舞花様~~!」
叱るように心配している舞花ちゃんに、ほとりちゃんは甚く感激した様子だった。祈りを捧げる如く、手を組んだポーズで涙目になっている。
ほとりちゃんは舞花ちゃんが朔菜ちゃんで混乱している雰囲気もあったけど、憧れの『聖女』への心酔は健在のようだった。
三人で、これからどう動くべきか考えている。下を向いて唸っていた時、舞花ちゃんが発言した。
「姫莉ちゃんを呼び出そう」
「えっ!」
私とほとりちゃんの声が重なる。舞花ちゃんへ、同時に顔を向けていた。
商店街を出た大通りにあるコンビニ。たまたま会った出で立ちで、私とほとりちゃんは姫莉ちゃんを待っている。先程、ほとりちゃんにスマホから「コンビニに坂上さんがいる。舞花様に会ってくれるって!」と……チャンスを匂わせるメッセージを送ってもらっていた。
暫く経って、息を切らせた様子で姫莉ちゃんが到着した。ツインテールを揺らして、私とほとりちゃんのいる方へ駆けて来る。改めて私たちを見た姫莉ちゃんは頬を緩める。
「やったぁ、ほとり! お手柄だねっ! これで舞花様も喜んでくれるよっ!」
「姫莉ちゃん……」
ほとりちゃんの力のない声が、憐れむような響きで発せられる。
「姫莉さん……」
コンビニの奥から歩いて来るその人の呼びかけに、姫莉ちゃんが動きを止めた。
「どうして……? どうしてなんですか? 私、明さんを連れて来るよう頼んだ記憶がないのですが……」
舞花ちゃんが瞳をうるうるさせて、長年の演技の実力を見せ付けてくる。笑いたくなってしまうけど、お腹に力を込めて平静を装う。
「ほとり……私を嵌めたのね」
姫莉ちゃんが鋭く、ほとりちゃんを睨んでいる。舞花ちゃんがキッパリと言い切る。
「違うわ。私が彼女に頼んだの」
姫莉ちゃんは舞花ちゃんを見て下唇を噛んだ。
「舞花様、ごめんなさい。舞花様の名を勝手に使って。嘘ついて。でも……私、舞花様より大切な人がいるんです。だから負けたくないんです」
まただ。意志の強そうな眼差しを私へ向けてくる。以前会った時も、こんな事があった。
姫莉ちゃんが口を開く。
「坂上?」
コンビニに入って来た男子が、自動ドアの前で私を呼んだ。
「……岸谷君?」
思いがけない人物の登場に驚く。気を取られている刹那、岸谷君の横を姫莉ちゃんが通り過ぎる。彼女は何も言わずに走り去った。
「姫莉ちゃんっ!」
ほとりちゃんが姫莉ちゃんの後を追って自動ドアの外へ走り出る。彼女たちを見ていた岸谷君がこちらを向く。
「ごめん、何か取り込み中だった?」
聞かれて「うん、ちょっと……」と濁す。
「あ、あのさ。坂上に言いたい事があって」
岸谷君は続きを言いにくそうに、チラッと舞花ちゃんを見ている。舞花ちゃんが岸谷君に話し掛ける。
「こんばんは。私が一緒にいたら、お邪魔ですか?」
岸谷君は人差し指で頬を掻きながら、視線を下に逸らした。
「えーと。大事な話なんだ」
岸谷君の返答に……舞花ちゃんは私へ判断を委ねると言いたげに、窺うような瞳でこっちを見てくる。正直、岸谷君に無闇に関わりたくない。今日も沢西君は、用事でこの場にいないし。
「いつも内巻に邪魔されて、話し掛ける事もできなかったんだ。十分くらいでいいから。少し、そこの公園で話そう」
「大事な話」が、何か気になったので……聞く事にした。小さく頷く。
「分かった」
「明さん。ここで待っていますね」
舞花ちゃんが少し心配そうな顔をして見送ってくれる。
「うん! ありがとう。行ってくるね」
彼女へ手を振った後、岸谷君に続いてコンビニを出た。
コンビニ裏の通りを歩く。短い橋を渡った先に小さな公園があり、私と岸谷君はブランコに座って話を始めた。日も落ちて、既に街灯が点いている。公園にはほかに誰もいなくて、貸切みたいだ。
「さっきの子たちは友達?」
問い掛けに、少し考えて「うん」と頷く。
「そっか」
岸谷君は少し嬉しそうな雰囲気で頬を綻ばせた。
「あいつとは上手くいってんの?」
「あいつ? ああ。沢西君の事? ……うん」
「本当に? オレさ……今でも坂上の事が好きなんだ」
「え?」
俯かせていた顔を上げ、岸谷君を見る。一週間程前まで何年も……遠くから目で追っていた人の瞳が、私を映している。けれどすぐに。彼と晴菜ちゃんのキスシーンが思い浮かぶ。胸が苦しくなる。
「岸谷君の事、好きだったよ。でも岸谷君には晴菜ちゃんがいるよね? 私、今はもう沢西君が好きだから」
伝えると相手の目が大きく開かれた。続け様に「もう行くね。舞花ちゃんを待たせてるから」と言い置いて立ち上がる。
大事な話って言っていたから「もしかして晴菜ちゃんが少し元気なさそうだったのと関係ある?」って思って付いて来たのに。
帰ろうと歩き出した時、手首を掴まれた。
「待って! 話を聞いてほしい。……俺、嵌められたんだ」
「えっ?」
驚いて振り返る。
「詳しくは言えないけど。あの『聖女』には気を付けて」
岸谷君の言動に、自分の眉間に皺が寄るのが分かる。思わず聞き返す。
「どういう事?」
岸谷君は私を心配してくれているような目で諭してくる。
「信じない方がいい。あの子、裏表がありそうだ」
……確かに。凄い裏表があったよ。だけど、そこまでは岸谷君も知らないだろう。
「そうだね。でも大丈夫だよ」
言い切る。微笑んで見せた。
「バイバイ」
「待って!」
別れを告げたのに、猶も手首を放してくれない。口を結んで思い詰めたような深刻な表情の彼を、虚ろに眺めている。
もう苦しめないでよ。つらい気持ちを思い出したくないよ。
「一度だけ……俺の願いを叶えてくれないか? 俺の夢、知ってるだろ?」
泣きそうな目をして言ってくる。
絶句する。
暫く経って、やっと言葉を出せた。
「あの約束は、私だけしか覚えてないと思ってたよ」
泣き顔を見られたくない。手を振り払って、その場から逃げる。
かつて宝物だった思い出……小さい頃にした純粋な将来の約束は、真実を知った日に穢れた。
次の日の放課後。第二図書室に誰もいないのをいい事に、奥にある椅子に座って泣いている。長年の片想いが、まだ尾を引いていた。虚しくなる。独り言ちる。
「私を馬鹿にしてるの?」
思い起こしては腹立たしくて泣けてくる。昨日も逃げ帰ってしまったし。上手くやり返せない自分にも腹が立つ。
その時、戸の開く音がした。誰かが、こっちへ来る足音も。
「先輩、ここにいたんですか。先に帰ったのかと思って焦りましたよ」
あ。さっきからスマホが震えているのは知っていたけど、やっぱり沢西君だったんだ。こんなみっともない顔で会えないから応答しなかった。「先に帰って」とか……メッセージを打っておけばよかった。
「……先輩は、何で泣いてるんです?」
「ちょっと昨日、悔しい事があって」
「全部、話して下さい」
沢西君が聞いてくれると言うので甘える事にする。話したら気持ちも幾分……晴れるかもしれない。舞花ちゃんの正体については伏せて、昨日あった事を話す。幼い頃にした岸谷君との約束についても。その間ずっと、沢西君は私の頭を撫でてくれていた。
岸谷君から逃げて帰ったところまで話した時、沢西君が言った。
「先輩。その告白ОKして下さい」
「はい?」
とんでもない内容だった気がして耳を疑う。沢西君は真面目な顔で言い切る。
「オレに考えがあります」
そして私たちは手短に、復讐の計画を共有したのだった。
「岸谷君と付き合う事になったよ」
次の日の塾の帰り、沢西君へ報告する。沢西君はニマッと笑う。
「それはよかったです。おめでとう」
「ありがとう」
私も笑い返す。正直……今更、岸谷君と付き合うなんて考えられなかったけど。沢西君の事は信じているので企みに乗った。
「計画通りだね」
計画はシンプルだ。岸谷君と付き合う。その裏で沢西君と会う。岸谷君とはなるべくイチャイチャしないけど、沢西君とはたくさんイチャイチャする。
エグいよ。でも確かに……これだともっと相手の心を抉れる復讐ができそう。岸谷君と付き合っているのに沢西君と……なんて。より行為に重みが増すように思う。悪い事のような気もするけど先に裏切ってきたのはあっちだし、同じような気分を味わわせてやりたい。されて嫌だった事を思い知らせてやろう。
