昼休みの大学のカフェテリア。
喧騒の中でパスタをフォークで巻き取りながら、向かいの席に座る友人が、目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ねぇ、あのピアノの日向って人、医大生なんでしょ? エリートだし、イケメンだよね!?」
「うん、まぁ」
「ほとんど毎日顔合わせて、好きになったりしないの?」
友人の無邪気な好奇心に、私は曖昧に笑ってストローを咥えた。
周囲から見れば、きっとそう見えるのだろう。才能溢れる医大生と、その彼が手掛けるバンドのボーカル。ドラマチックで、甘い青春の1ページ。
しかし、本当に、そういうのじゃ、ないのだ。
私と彼の間に、そんな甘っちょろい感情が入り込む余地なんてない。
一言で言うと彼は、隙がなさすぎる。
たまには冗談も言う。馬鹿にも付き合ってくれる。
誰よりも音楽的な才能があって、頼れる私たちのリーダー。
それでいて、医者の卵というんだからまぁ完璧超人である。
彼はいつだって正しいし、いつだって完璧だ。
彼が弱音を吐くところも、誰かに頼るところも見たことがない。まるで、感情のスイッチを自分で自由にオンオフできる精密機械のようにすら思える。
手が届く存在じゃない。普段何を考えているのか、まるっきしわからない。
だから、恋なんて、できるはずがないのだ。
相手の心に触れられない恋愛なんて、ただの虚しい一人芝居でしかないのだから。
場面は変わり、深夜の自室。
私はベッドに体育座りをして、日向から送られてきたばかりのデモ音源をイヤホンで聴いていた。
流れてくるのは、彼が一人でPCに向かって打ち込んだ、冷たくて美しいピアノの旋律。
目を閉じて、その音の連なりに耳を澄ませる。
――あぁ、やっぱり。
私が彼とほんとうに同じ目線で話せる気がするのは、曲を作っている時だけだ。
普段はあんなに分厚い理論と理性の鎧を着込んでいるくせに。
音符の並びには、彼が必死に隠している「孤独」や「迷い」、そして誰かに見つけてほしいという「ひ弱な叫び」が、痛いほど生々しく滲み出ている。
彼自身は「計算の結果だ」なんて強がるけれど、私には分かる。これが、日向の本当の心臓の音だ。
私は、ルーズリーフにペンを走らせる。
強がりで、不器用で、本当は誰よりも人間臭い、私の大切な「完璧超人」の代わりに。
“こころはどこにある?”
“見えないものを探してあがくのに 僕らは少し疲れている”
書き付けた文字をなぞる。
明日のスタジオで、彼がこの歌詞を見たとき、どんな顔をするだろうか。
図星を突かれて少しだけ顔をしかめる彼の不機嫌な横顔を想像して、私は少しだけ、誇らしいような、寂しいような笑みをこぼした。



