辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「次期院長と結婚する女性は、彼と一緒に病院を支えられる女性でなくちゃダメ、とか言われたの?」
「はい。匠真さんには結婚を考えている相手がいるって」
「もしかして山根さん?」
 涼花の言葉を聞いて沙耶は驚いた。
「どうして涼花さんがその名前を……? もしかして、涼花さんも言われたことがあるんですか?」
 涼花は深刻そうな表情で首を縦に振る。
「うん。静枝さん、やっぱり沙耶ちゃんにも言ったんだね……。本人たちの気持ちが一番大切なのに」
「でも、匠真さんも山根さんとの結婚は了承してるっておっしゃってました」
「つまり、匠真くんが恋愛と結婚は別だと思ってるってこと? そんなはずないと思うんだけど」
 そう言った涼花は、沙耶の背後を見て、「あ」と声を上げる。
「お客さまだ。沙耶ちゃん、私が応対するから、沙耶ちゃんは更衣室で気持ちを落ち着かせておいで」
 沙耶は振り返って、涼花の視線の先を見た。常連の高齢女性が三人、こちらに向かってゆっくり歩いてくる姿が見える。
「おはようございます!」
 涼花が声を張り上げ、三人が笑顔で手を振った。
「沙耶ちゃんは先に戻ってて」
「すみません」
 涼花に促されて、沙耶は先に店内に入った。更衣室の鏡の前で、崩れたメイクを直す。
 あんなに悩んで苦しんでいた涼花が、今ひとりで接客をしてくれている。
 それを思うと、こうしてはいられない。
(どんなに心の中がぐちゃぐちゃでも、プラチナに来てくれたお客さまには、楽しい気持ちで料理を味わってほしい)
 沙耶は大きく息を吐いて、背筋を伸ばした。

 静枝に言われたことは気になったが、学会で忙しいはずの匠真に連絡できるはずもなく、もやもやしたまま土曜日を迎えた。
 ランチタイムの混雑が落ち着いた二時過ぎにランチ休憩に入る。二階の休憩室に上がって、窓に面した丸テーブルに着いた。まかないランチとして選んだのは、ヒーコが作ってくれたグラタンだ。
 グラタンののったトレイをテーブルに置き、腕にかけていたバッグを隣の椅子に置いて、腰を下ろした。