匠真が沙耶の手を取って歩きだし、沙耶は彼と並んで機械的に歩を進める。
匠真も大切。涼花も大切。ふたりのうちのどちらかを選んでも、どちらかが傷つく。
(いったいどうすればいいんだろう)
いくら頭を悩ませても、答えなんて出るはずもなく、気持ちだけがどんどん沈んでいった。
その日、沙耶をマンションまで送って、匠真は帰っていった。その後、涼花のところに行ったのか、どんな話をしたのかは聞いていない。正確に言うと、彼から日本を経つ直前とウィーンでホテルに着いた後にメッセージが届いたが、それは【これから飛行機に乗るよ】とか、【ホテルに着いた】という短い内容だった。
涼花はといえば、プラチナではいつものように明るく振る舞っているが、ふとしたときに寂しそうな表情を見せる。
沙耶自身も寂しいが、涼花の前で寂しがるそぶりだけは絶対に見せないようにした。
そんなすっきりしない状態で過ごし、匠真が帰国する土曜日まであと二日となった木曜日。
プラチナの開店直後に、六十歳くらいの上品な女性がドアを開けて入ってきた。髪を落ち着いた茶色に染めていて、ピンと伸びた背筋が美しく、上品なライトブルーのスーツとパールのネックレスがよく似合っている。
女性を見た瞬間、涼花の表情が硬くなった。
「いらっしゃいませ」
沙耶は涼花の様子が気になりながらも、「お好きなお席へどうぞ」と女性に声をかけた。けれど、女性はその場に立ったまま、沙耶の頭の先からつま先までさっと視線を走らせた。
(なんだろう)
値踏みするように見られて、沙耶は戸惑った。女性は少し顎を持ち上げて答える。
「ありがとう。でも、今日は食事をしに来たわけではないの」
「今日はいったい……」
涼花が言いながら沙耶に並んだ。女性は涼花を一瞥してから、沙耶に言葉を発する。
「私は小早川静枝(しずえ)と言います。匠真の母です」
(えっ、匠真さんのお母さまだったなんて)
沙耶は一瞬にして緊張した。
「は、はじめまして。代田沙耶と申します」
沙耶は丁寧にお辞儀をして顔を上げたが、冷ややかな表情の静枝と目が合った。
「あら、そう。代田さんとおっしゃるのね。名前は聞いてなかったのだけど、匠真がプラチナで働いている女性とお付き合いしてると言うから、来てみたの。外で少しお話ししたいのだけど、いいかしら」
静枝は口調も冷ややかだった。沙耶は不安を覚えながらも、涼花を見る。
「あの、少し抜けてもいいでしょうか?」
匠真も大切。涼花も大切。ふたりのうちのどちらかを選んでも、どちらかが傷つく。
(いったいどうすればいいんだろう)
いくら頭を悩ませても、答えなんて出るはずもなく、気持ちだけがどんどん沈んでいった。
その日、沙耶をマンションまで送って、匠真は帰っていった。その後、涼花のところに行ったのか、どんな話をしたのかは聞いていない。正確に言うと、彼から日本を経つ直前とウィーンでホテルに着いた後にメッセージが届いたが、それは【これから飛行機に乗るよ】とか、【ホテルに着いた】という短い内容だった。
涼花はといえば、プラチナではいつものように明るく振る舞っているが、ふとしたときに寂しそうな表情を見せる。
沙耶自身も寂しいが、涼花の前で寂しがるそぶりだけは絶対に見せないようにした。
そんなすっきりしない状態で過ごし、匠真が帰国する土曜日まであと二日となった木曜日。
プラチナの開店直後に、六十歳くらいの上品な女性がドアを開けて入ってきた。髪を落ち着いた茶色に染めていて、ピンと伸びた背筋が美しく、上品なライトブルーのスーツとパールのネックレスがよく似合っている。
女性を見た瞬間、涼花の表情が硬くなった。
「いらっしゃいませ」
沙耶は涼花の様子が気になりながらも、「お好きなお席へどうぞ」と女性に声をかけた。けれど、女性はその場に立ったまま、沙耶の頭の先からつま先までさっと視線を走らせた。
(なんだろう)
値踏みするように見られて、沙耶は戸惑った。女性は少し顎を持ち上げて答える。
「ありがとう。でも、今日は食事をしに来たわけではないの」
「今日はいったい……」
涼花が言いながら沙耶に並んだ。女性は涼花を一瞥してから、沙耶に言葉を発する。
「私は小早川静枝(しずえ)と言います。匠真の母です」
(えっ、匠真さんのお母さまだったなんて)
沙耶は一瞬にして緊張した。
「は、はじめまして。代田沙耶と申します」
沙耶は丁寧にお辞儀をして顔を上げたが、冷ややかな表情の静枝と目が合った。
「あら、そう。代田さんとおっしゃるのね。名前は聞いてなかったのだけど、匠真がプラチナで働いている女性とお付き合いしてると言うから、来てみたの。外で少しお話ししたいのだけど、いいかしら」
静枝は口調も冷ややかだった。沙耶は不安を覚えながらも、涼花を見る。
「あの、少し抜けてもいいでしょうか?」

