辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 涼花に訊かれて、彼女のほうを見た沙耶は、涼花の目が少し赤いことに気づいた。
 罪悪感が強くなって胸が苦しくなり、沙耶は視線を落として答える。
「あの、すみません、私、あんまりお腹が空いてないので、家に帰ってから食べます」
「そうだったの。じゃあ、保存容器に入れるから、みんな持って帰ろうか」
 涼花は棚から密封できる容器を取り出し、ラタトゥイユの残りをひとつの容器に、肉じゃがの残りをふたつの容器に入れた。
「匠真くんはラタトゥイユと肉じゃが、どっちがいい?」
 涼花が匠真を見た。
「沙耶が作ったのはどれ?」
 匠真の言葉を聞いて、涼花が口元を緩める。
「沙耶ちゃんが作ったのはラタトゥイユだよ」
「あ、で、でも、肉じゃががお薦めですよ! チエさんが作ってくれて、味しみしみでとってもおいしいんです!」
 沙耶はあわてて言葉を挟んだが、匠真はあっさりと言う。
「せっかくお薦めしてくれたけど、ラタトゥイユがいい」
 沙耶がなにか言う間もなく、涼花は「じゃあ、決まりね」と言って、容器をそれぞれ紙袋に入れた。それから戸締りをして三人で裏口から出た。
「それじゃ、沙耶ちゃん、今日もありがとう。もちろん匠真くんが送ってあげるんだよね?」
 涼花の言葉に匠真が「ああ」とうなずいた。涼花は目を細めて笑みを浮かべる。
「お疲れさま。気をつけて帰ってね」
「涼花さんもお疲れさまです」
 沙耶はぺこりとお辞儀をした。プラチナの近くのマンションに住んでいる涼花は、手を振って駅とは逆方向に歩きだした。
 涼花の後ろ姿は次第に小さくなったが、沙耶は彼女のことが心配で、その背中から目を離せないでいた。
「沙耶?」
 匠真に呼ばれて振り返ったら、彼は気遣わしげな表情で沙耶を見ている。
「涼花さんのことが心配?」
 匠真に訊かれて、沙耶はためらいがちにうなずいた。
「はい……」
「聞いたのか?」
「あ、はい、あの、聞くつもりはなかったんですけど……」
 沙耶はコートの生地をギュッと握った。盗み聞きをしてしまったみたいで気まずさを覚えると同時に、涼花への罪悪感が蘇ってくる。
 沙耶が唇を引き結んだのを見て、匠真も表情を曇らせた。
「もう踏ん切りはついたと言ってはいたが、確かに心配だな……」