辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「いくら頼まれても無理なものは無理」
「こんなに俺が頼んでるのに、なんでだよ」
 省吾はしつこく食い下がった。
 沙耶は唇を引き結んで腕時計をチラリと見た。あと十分で三時になる。もう少ししたら匠真が迎えに来るはずだ。
 早く省吾との会話を終わらせようと、沙耶は言葉少なに答える。
「好きな人がいるの」
 省吾はふんと鼻を鳴らした。
「好きな人ってことは付き合ってるってわけじゃないんだろ?」
「つ、付き合ってる」
 あと二カ月ほどで終わる偽の関係だが、そんなことは絶対に言わない。
 省吾が眉間にしわを刻んだ。
「俺と別れたばかりなのに?」
「あなたと別れてからもう二カ月も経ってる。私だって別の恋をするよ。だから、もう帰って」
 沙耶の頑とした様子にいら立ったのか、省吾は表情を歪めて沙耶に一歩近づいた。
「そんなにすぐ沙耶に新しい男ができるなんて、信じられないな。都合のいい女にされて、遊ばれてるだけじゃないのか?」
「彼はそんな人じゃない」
「どうだか。そう思ってるのは沙耶だけだろ? 沙耶みたいに地味な女、どうせ本気で相手にされるわけないって。だから、俺とやり直そう?」
 省吾が沙耶の腕を掴もうと右手を伸ばしたとき、沙耶の左肩に誰かの手が触れて、後ろにぐいっと引き寄せられた。直後、怒りを孕んだ男性の低い声がする。
「悪いが、沙耶の魅力がわからないような男に沙耶を渡す気はない。わかったとしても渡さないけどな」
 振り仰いだら匠真がいた。視線を下げた匠真と目が合い、彼がもう大丈夫だよ、というように軽くうなずいた。右肩に触れる彼の胸の温かさに、沙耶はホッとして目の奥が熱くなる。
「だ、誰だ、あんた」
 省吾の声がうろたえた。
「沙耶の恋人だ」
 匠真がきっぱりと言った。省吾が匠真から沙耶へと視線を動かす。
「沙耶は絶対に騙されてる! こんなイケメンが沙耶に本気になるわけないだろ。よく考えてみろよ。なあ、沙耶、俺のところに戻ってきてくれよ」
「俺の気持ちを勝手に決めつけるな。俺は沙耶に本気だ」
 匠真は沙耶を守るように両腕の中に閉じ込めて、髪にキスを落とした。
「なっ」