辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 もしかしたら、それがふたりきりで会える最後の機会になるかもしれない。
(だったら、匠真さんのために、匠真さんのことだけを考えて、心を込めて料理をしよう)
「わかりました」
 沙耶の返事を聞いて、匠真の表情が緩んだ。
「ありがとう。嬉しいよ。今週末は当直だから、来週の日曜でもいいかな?」
「もちろんです! じゃあ、苦手なものとかあったら、メッセージで知らせてください」
「ああ」
 匠真がうなずいたので、沙耶は「ごゆっくり召し上がってくださいね」と声をかけて、匠真の席を離れた。キッチンに戻ろうと顔を上げたら、ニヤニヤ顔の涼花と目が合って、沙耶は頬がさっと熱くなった。

 その翌々週の日曜日。
 沙耶は昼食後、駅前の高級食品を扱うスーパーに行って、必要な買い物を済ませた。食材の入ったエコバッグを左肩から提げて、ひとり暮らしをしているマンションに弾んだ足取りで戻る。
 今日の午前中、匠真は術後の患者さんの様子を見に出勤したそうで、午後一時過ぎに【仕事終わったよ】とメッセージがあった。そのとき電話で話して、午後三時に匠真が車で迎えに来てくれるので、彼の部屋に行って夕食を作ることに決まったのだ。
 電話を切る直前、『沙耶に会えるのを楽しみにしてる』と言ってくれた彼の声が、まだ耳に残っている。
 会う約束をしたからそう言ってくれただけだとわかっているけれど、勝手に頬が緩む。
(私も匠真さんに会えるのがすごく楽しみ)
 メニューはローズマリーを使ったローストチキンにする予定だ。付け合わせとしてジャガイモと芽キャベツも一緒にオーブンで焼く。
 見た目もおしゃれだし、なによりローズマリーの香りでリラックスしてもらえればと思ったのだ。
 スキップしたい気持ちをこらえて角を曲がると、マンションが見えてきた。腕時計を見たら午後二時四十分を示している。
(食材は冷蔵庫に入れて、匠真さんが来るのを部屋で待っていよう)
 マンションの敷地に入ったとき、エントランスのオートロックパネルの前に男性の後ろ姿が見えた。来客らしく、ボタンを操作した後、パネルを凝視している。けれど、相手が留守だったようで、男性は首を左右に振ってこちらを向いた。その瞬間、沙耶と目が合った。
「えっ」
「沙耶!」