辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「大丈夫です」
 涼花にはお世話になっているので、匠真とのことを話したほうがいいとは思っていたが、父に心配をかけないために偽恋人になってもらったと正直に打ち明けるべきか迷っていたのだ。
 匠真が本当に付き合っていることにするつもりなら、沙耶も彼の話を否定しないでおこうと思った。
 涼花が小さく伸びをしてから言葉を続ける。
「匠真くん、最近忙しいみたいだよね。プラチナには二週間来てないし」
 沙耶は日曜日に匠真に会ったが、涼花の言葉どおり、彼は誕生日デートの約束をした二週間前の木曜日以来、プラチナに来ていなかった。
 まったく寂しくないと言えば嘘になるが、彼の職業柄、決まった時間にランチに出られるわけではないことは理解している。
 それにそもそも偽恋人なのだ。寂しいなんて思う資格はない。
「たまにはプラチナに来て、しっかり心と体に栄養補給をしてほしいですよね」
 沙耶は当たり障りのない言葉を返して、視線を涼花からテーブル席に移した。お客はみな話に花を咲かせていて、グラスの水も注ぎ足す必要はなさそうだ。
 そのとき、隣で涼花がぼそりとつぶやいた。
「でも、いいなぁ。うらやましい」
 沙耶が顔を向けたら、涼花は窓の外をぼんやりと見つめていた。その目はうっすらと潤んでいて、寂しさと切なさ、それに悲しみが入り混じったような表情をしていた。
「涼花さん……?」
 涼花はハッとしたように沙耶のほうを見た。視線が合って、涼花は涙を散らすかのように瞬きを繰り返し、目を細めた。
「あっ、別に匠真くんと付き合えてうらやましいって意味じゃないよ。ただ、好きな人がそばにいてくれるのがうらやましいなって思っただけで」
 涼花はなんでもないように笑みを浮かべていたが、沙耶はさっき見た彼女の横顔が気になった。
(もしかして遠距離恋愛でもしてるのかな。そういえば、涼花さんの恋愛関係について、なんにも聞いたことない)
 沙耶が考え込んだとき、窓に視線を戻した涼花が「あっ」と声を発した。
「ほら、沙耶ちゃん、噂をすればなんとやら、だよ。匠真くんが来た!」
 涼花の視線を追って窓を見たら、窓ガラスの向こうにこちらに向かって歩いてくる匠真の姿が見えた。彼は黒のパンツにスタイリッシュなグレーのコートを羽織っている。