辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「景色だけでなくドレスまで……。本当にきれいなものをたくさんいただきました。こんなにステキな誕生日にしていただいて、感謝してもしきれません」
 沙耶は言って、前菜を口に運んだ。脂ののった寒サワラを炙ったカルパッチョが、口の中でとろけるように消えていく。
 いつもなら、素材のよさに感服したり、ソースに何が使われているのか考えたりするのに、今は隣に座る匠真から目が離せない。
 料理は間違いなくおいしいのだが、それよりも匠真と一緒に過ごしていることが、なによりも嬉しかった。
(このままずっと匠真さんと一緒にいられたらいいのに……)
 ナイフとフォークを動かしながらも、つい匠真を見てしまう。沙耶の視線に気づいているからか、そのたびに匠真と視線が絡んで、鼓動がどんどん高くなる。
 けれど、そんな幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった。気づけばデザートを食べおわっていて、匠真と一緒にレストランを出た。
 今度こそもう帰らなければいけない。そんな寂しさに襲われたとき、エレベーターホールで匠真が言った。
「展望台があるから、もう少し一緒に夜景を見ようか」
 まだ彼と一緒にいられることが嬉しくて、沙耶は「はい!」と思わず明るい声を出した。
匠真が目を細めて、エレベーターの上ボタンを押す。
 すぐにエレベーターが到着してドアが開き、乗り込もうとした瞬間、低い振動音が聞こえてきた。匠真のスマホが震えているのだ。
「すまない」
「いえ」
 スマホを取り出した匠真は、画面を見て表情を引き締めた。
 おそらく病院からの呼び出しだろう。
「すみません、先に行ってください」
 沙耶はエレベーターの中の人に声をかけた。匠真はすぐに壁際に寄って電話に応じる。その真剣な面持ちから、彼が病院に行かなければいけなくなったのだとわかった。
 沙耶はとっさにエレベーターの下ボタンを押した。
「わかった。すぐに向かう。十五分以内に着くはずだ」
 そう言って通話を終えた匠真は、沙耶に申し訳なさそうな表情を向けた。
「すまない。せっかくの誕生日なのに、行かなければいけない」
「大丈夫です」
 沙耶が答えたとき、下行きのエレベーターが到着してドアが開いた。
「私は化粧直しをしてから電車で帰りますので、どうぞ行ってください」
「ありがとう。また連絡する」
 匠真は沙耶の頬に軽く触れて、エレベーターに乗り込んだ。