辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 好きな人に触れられ、触れたドキドキが冷めやらず、沙耶は潤んだ目で匠真を見た。沙耶を見つめる彼と視線がカチリと合う。彼の瞳がどこか熱っぽく見えて……沙耶はパッと視線を逸らした。
「シ、シートベルト、締めなくちゃですね」
 沙耶はあわてた声で言ってシートベルトを引き出した。
「じゅ、準備できました」
「わかった」
 匠真は低い声で答えてシートベルトを締め、ゆっくりとアクセルを踏む。車が動き出して、沙耶はこっそりと息を吐き出した。
 あのまま見つめ合っていたら、目を閉じてしまいそうだった。彼の唇を待っているかのようなそんなことを、していいはずがない。
 沙耶は窓の外を流れていく景色を眺めながら、どうにか冷静になろうと努めた。

 車は展望台を後にして、来た道を市内へと戻った。三十分もしないうちに海が見えてきて、赤いタワーが近づいてくる。
 ようやく気持ちが落ち着いて、沙耶は運転席を見た。
「目的地はどこですか?」
「景色がきれいなところ」
 匠真は前を向いたまま答えた。
「うーん、さっきは山からの景色を見せてくださったので、次は海でしょうか?」
 沙耶の言葉に、匠真の横顔がいたずらっぽく微笑む。
「少しだけ正解」
「少しだけですか?」
「ああ。沙耶にはきれいなものをたくさん見せてあげたいから」
 つまり海の景色を見るのではないんだろうか、と思ったとき、優美な曲線が印象的な白い建物が見えてきた。茜色の空を背景に美しくそびえたつそれは、港に面したラグジュアリーホテルだ。
 匠真が車寄せに停車し、てっきり港に連れていかれるものだと思っていた沙耶は、驚いて運転席を見た。
「到着。ここで食事をしよう」
 沙耶が言葉を発する間もなく、紺色の制服を着たドアマンが近づいてきて、助手席のドアを開けてくれた。
「沙耶、行こう」
 匠真に促されて、沙耶はぎこちなくシートベルトを外した。
「あ、ありがとうございます」