辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 それから二週間近く経った日曜日。
 沙耶は山の中腹にある展望台のベンチに座って、カチンコチンに固まっていた。
(まさか、こんなことになるなんて……!)
 遠く視線の先には、澄んだ青空の下、同じように青い海がある。港の近くには白くて大きなホテルや街のシンボルである赤いタワーが小さく見え、たくさんのビル群や住宅街が広がっている。緩やかに上る地形に沿って視線を手前に動かすと、赤やオレンジ、茶色に染まった木々が、山のふもとから展望台まで美しく彩っていた。
 そしてさらに視線を手前に移動させると……黒のショートブーツを履いた自分の足、チャコールグレーのロングスカート、そして膝の上に……匠真の寝顔がある。白いシャツにネイビーのカーディガン、黒のスリムパンツを合わせた彼は、今まで見た中で一番カジュアルな格好をしていた。
(ううっ、何度見ても息が止まりそう)
 沙耶に膝枕された状態で目を閉じている匠真は、昨夜、緊急手術が入って、帰宅が深夜になったのだそうだ。それを知らされたのは、ついさっき。この展望台に着いて並んでベンチに座ってからだ。
 髪はサラサラで、長いまつげが目の下に影を落としていた。わずかに開いた唇からは穏やかな呼吸音が聞こえる。けれど、それをかき消すように、沙耶の頭の中には自分の鼓動がバクバクと響いていた。
(こんなにお疲れだって知ってたら、あんなこと言わなかったのに……)
 沙耶は体を動かさないようにしながら小さく息を吐いて、十日前の木曜日のことを思い出す。

 その日は月曜日に父の病室で会って以来、三日ぶりに匠真に会った。
 プラチナに来て、いつものように窓に面した隅のカウンター席に座った匠真は、期間限定の〝欲張りプレート〟を注文した。スープがついて、白米か五穀米が選べ、その日用意した八種類のおかずから、四種類を選んで食べられるというものだ。
 匠真は〝塩こうじのから揚げ〟と〝豚肉とキノコのマリネ〟、〝ほうれん草とベーコンのバター炒め〟と〝レンコンサラダ〟を選んでいた。
 ボリュームもじゅうぶんで、きっと満足してもらえたに違いない。そう思っていたのに、会計を済ませた匠真に、「ちょっといいかな」とプラチナの外へ促された。