辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 うぬぼれないよう自分を戒めながら、自動ドアから病院に入った。入院病棟で面会票に記入して、父の病室に向かう。
 スライドドアをノックすると、中から「どうぞー」とくぐもった父の声が聞こえてきた。沙耶はゆっくりとドアを開けた。
「お父さん」
「おお、沙耶!」
 ベッドの背もたれを少し起こしてテレビを見ていた父は、リモコンを押してテレビを消した。
「連絡せずに来てごめんね」
「なにを言うんだ。沙耶ならいつでも大歓迎だよ」
 沙耶はゼリーの入った紙袋を父に見せる。
「これ、お見舞いのゼリーなんだ。〝梨とリンゴのゼリー〟と〝いろいろブドウのゼリー〟。二個ずつあるから、お母さんたちが来たら一緒に食べて」
「わざわざありがとう」
 父が嬉しそうに言った。そんな父の笑顔を見ながら、沙耶は紙袋の持ち手をギュッと握って、勇気をかき集める。
「あのね、実は私、今、カフェで働いてるんだ」
「カフェ!? それはまたどうして」
 父は怪訝さと驚きの混じった声を出した。
「働いてた会社が倒産したからなの」
「倒産!? いったいいつ?」
「三カ月前だよ。でも、運よく、ここの近くにあるカフェのオーナーが雇ってくれて。ずっと商品開発をしたいと思ってたから、今、メニューの考案を任されてて、すごくやりがいを感じてるの」
「そうだったのか……。倒産したなんて知らなくて、なにもしてあげられなくてすまなかったね」
「気にしないで。私はぜんぜん平気だから」
「それじゃ、お付き合いしてた人は? 彼も同じカフェで働いているのかい?」
「ううん。彼はすぐに仕事が決まって、新しい会社に新しい恋人ができたの。それで、私は振られちゃったんだけど、でも、今は別の人と付き合ってるから大丈夫」
 沙耶は明るい口調で言ったが、父は心配顔になった。
「だ、大丈夫って、そんな大変なことがあったのに、ひとりで耐えてきたんだろう?」
「今は平気だってば。毎日楽しくて幸せだもん」
 それは本当のことだった。プラチナでの仕事はやりがいがあるし、ステキな人に恋をしている。期間限定の契約関係ではあるけれど。
 沙耶が切なく微笑んだとき、スライドドアがノックされてゆっくりと開いた。