辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「お待たせいたしました。こちら、オードブルでございます」
 そのとき最初の一皿が運ばれてきた。匠真から視線を外せたことに沙耶はホッとする。
 白い丸皿には、季節の野菜とホタテのマリネが彩りよく盛られていた。
「おいしそうだな」
「はい」
 沙耶は小声で「いただきます」と言って、フォークとナイフを取り上げた。食べやすい大きさにカットされたマリネは、さっぱりとしていて食が進む。さっきまでの動揺はどこへやら、繊細な味つけの料理に夢中になった。
 続くスープもメインもとてもおいしくて、いつまでも食べていたいと思ったくらいだ。
(特にこのブフ・ブルギニョン! 想像していた以上にワインとの相性がいい。いったいどんなふうに煮込んだら、こんなふうにワインの風味と渋みを残しながら、トロトロに仕上げられるんだろう)
 濃厚で奥深さのある味わいは、そう簡単に真似のできるものではない。
(うーん、プラチナで仕入れている牛肉を、ここまでレベルの高いものにできるかなぁ。いや、やっぱり素材よりも料理の腕が重要なのかも)
 味わいながらあれこれ考えているうちに、デザートの〝柚子のスフレ〟とコーヒーが運ばれてきた。口の中でふわっととろけるスフレの生地が、甘酸っぱい柚子の余韻を口の中に残す。
「完敗です」
 沙耶は思わずつぶやいた。
「なにが?」
 隣でコーヒーを飲んでいた匠真が、不思議そうな声を出した。
「このスフレ。どうやっても同じものを作れそうにありません。いえ、作ってみたいんですけど、でも、ちょっと技術が高すぎるというか。すごくすっごくおいしいです」
「そんなふうに喜んでもらえて、俺も嬉しい」
 匠真が言葉どおり温かな表情で言った。
「小早川さんのおかげで気分転換できました。連れてきてくださって本当にありがとうございます」
「俺の気分転換だよ」
 匠真がいたずらっぽい表情で言った。あくまで自分のためだと言い張る彼に、沙耶も同じように笑う。
「ふふ、そうでしたね」
 ほどなくしてふたりともコーヒーを飲み終えたので、席で会計をしてレストランを出た。匠真がクレジットカードで払ってくれたので、沙耶は自分の分を払おうとしたが、匠真は頑として受け取らなかった。
「俺が気分転換に付き合ってほしかっただけだから」