辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 限られた客に最上のおもてなしをすることをウリにしているだけあって、店内はこぢんまりとしている。清潔感のある白い壁に、白いシェードに覆われたシンプルなライトや調度品類が、すっきりとして無駄のない印象だ。
「どうぞ」
 案内係が椅子を引いてくれたので、沙耶は匠真の左側の席に腰を下ろした。
「こちらがお料理のメニューでございます」
 ふたりの前にメニュー表が広げられた。料理は三種類のコース料理のみ。どれも前菜にスープ、魚料理と肉料理、デザートで構成されていて、それぞれフランス語と日本語で二段書きされていた。
(わあ、さすがは一流のフレンチレストラン! ええと、〝パンデピス〟はスパイスと蜂蜜を使ったパンで、〝サーモンのポシェ〟のポシェは、低い温度で茹でる調理法だったはず……)
 興味があって知っている料理や調理法が書かれているが、レシピ本やレシピサイトを参考にして作ったことがあるだけだ。こんな本格的なレストランで食べたことはない。
(やっぱりお客さまに提供するには、自分で本物を食べてみなくちゃ!)
 そう思って値段を見たものの、桁が違って動きが止まった。
(いや、でも、こんな機会、めったにないし!)
 それこそ〝清水の舞台から飛び降りる〟つもりで、と顔を上げたとき、匠真が沙耶をじっと見つめていたことに気づいた。
「あ、ごめんなさい。小早川さんはどれが食べたいですか?」
「沙耶さんが食べたいものが食べたい」
「えっ」
「熱心に選んでるようだったから。どれが気になってるの?」
 匠真ににこりとされて、沙耶は遠慮がちに真ん中のコースを指さした。
「あの、これが……気になります」
 魚料理のメインが〝サーモンのポシェ〟で、肉料理が〝ブフ・ブルギニョン〟、つまりブルゴーニュ地方の郷土料理である牛肉の赤ワイン煮込みのコースだ。どちらの料理も、素材に工夫をしてアレンジすれば、プラチナでもリーズナブルな価格で提供できるかもしれない。
「おいしそうだな。じゃあ、それにしよう」
 匠真が料理の注文を終えると、今度はソムリエがワインリストを差し出した。
「こちらがワインリストになります」
 匠真は沙耶に視線を向けた。
「沙耶さんはワイン大丈夫?」
「はい」
「飲みたいものはある?」