辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 匠真と手をつないでサロンを出た。エレベーターに乗って、右隣をこっそりと見る。
 沙耶より三十センチほど背の高い匠真は、すらりとした体躯に上質なスーツが洗練された印象だ。
 そんな彼と、プロの手で輝かせてもらった今なら釣り合って見えるだろうか。
(なんて、ずうずうしいかな)
 苦笑しかけたとき、匠真が沙耶に顔を近づけた。かと思うと、沙耶の肩の上でカールしている髪にそっと指を巻きつけた。
「いつものストレートヘアもかわいいけど、こうしてカールしているのもすごく似合ってる」
 匠真が上目遣いで視線を投げた。その表情はどこか色気があって、沙耶は心臓を射抜かれた気がした。
 沙耶はあえぐようにしながら声を発する。
「こ、小早川さんのおかげです。プロの方がヘアメイクをしてくれたから」
「沙耶さんはかわいいから、なんでも似合うんだ」
「そ、そんな」
 こんなふうに褒めてくれるのは、沙耶が気分転換できるように気遣ってくれているだけ。
 それはわかっているのに、彼の言葉は、省吾に傷つけられた心の傷を癒すと同時に、沙耶の鼓動をどんどん高めていく。
 匠真が紙から指をほどき、ほどなくエレベーターは五階に到着した。エレベーターから降りながら、沙耶は彼をそっと上目で見る。
「小早川さんは……ちゃんと気分転換できてますか?」
「もちろん。沙耶さんは?」
「私もです」
「よかった」
 彼がにこりと笑った。その笑みに胸がギュッとなる。
 フレンチレストランはすぐ正面にあり、ふたりが近づいたら、ガラス戸の向こうにいた案内係がドアを開けてくれた。白いシャツに黒のベストとスラックス姿のその男性は、丁寧な物腰でお辞儀をする。
「いらっしゃいませ」
「予約していた小早川です」
 匠真が名乗り、案内係はふたりを中へと促す。
「お待ちしておりました」
 案内係は、沙耶のコートをハンガーにかけた後、「お席にご案内いたします」と歩きだした。