辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「ありがとう。でも、せっかくだから君にも楽しんでほしい」
 彼の言葉を聞いて、沙耶はあっと思った。優しい匠真のことだ。本当は沙耶のことを考えて、食事に誘ってくれたのかもしれない。
 そう思うと、胸にじんわりと熱いものが込み上げてきた。
「苦手な食べ物はある?」
 匠真に訊かれて、沙耶は首を横に振った。
「ありません。なんでも大好きです」
「それなら、店選びは任せてもらっていい?」
「はい」
「期待してていいよ」
 匠真が茶目っ気のある表情で微笑んだ。そんな彼の表情に、心が弾む。
「ありがとうございます」
 気づけば、悩みも落ち込んでいた気持ちも嘘のように消えていて、ただ彼とのディナーが楽しみになっていた。
 ほどなくして食事を終えて、匠真がフォークとナイフを置いた。
「あわただしくてすまないが、もう戻らなければ」
 沙耶は最後のひと口を飲み下してから声を出す。
「私のことはどうぞお気になさらず」
「ありがとう。それと、連絡先を交換してくれる?」
 匠真がスマホを取り出し、沙耶もバッグから出した。連絡先を交換して、彼はスマホをポケットに戻す。
「近々連絡するよ」
「はい。午後からもがんばってくださいね」
「ありがとう」
 匠真は椅子から立ってテーブルに片手をつき、沙耶の耳元に唇を寄せた。
「ロールキャベツ、すごくうまかった。いつもおいしい料理をありがとう」
 低く温かな声が沙耶の耳をくすぐった。返事をしようと横を向いたら、すぐ前に彼の顔があってドキンとする。
「こ、こちらこそ」
 匠真は姿勢を正すと、「それじゃ、また」と軽く手を上げてレジカウンターに向かった。
 彼が会計を済ませてプラチナを出ていき、沙耶は窓越しに目で追う。彼の後ろ姿はすぐに見えなくなったけれど、沙耶の心はまだドキドキとうるさく音を立てていた。