辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「いいえ! 小早川さんが食べる分がなくなってしまいますから!」
「それなら、なにか注文して」
 匠真がメニュー表を沙耶の前に置いて続ける。
「沙耶さんは悩み事があると、食事をしようとしないから心配だ」
「そんなことは……」
「初めてプラチナに来た日もそうだっただろう? 俺の元気の素であるプラチナのランチを食べないなんて、ちょっと考えられないな」
 匠真がわざと怒ったような表情をしてみせたので、沙耶は思わず噴き出した。
「ふふっ」
 そうして声を出して笑って初めて、心が温度を取り戻したような気がした。
「ようやく笑ったな」
 匠真に言われて、沙耶はハッとして彼を見た。目が合った彼は穏やかな笑みを浮かべている。
(ああ、小早川さんは私を気遣ってくれてるんだ……)
 そのことに気づいて、胸がじんわりと熱くなる。それとともに、鼓動がドキドキと大きくなった。
「ありがとうございます」
 沙耶の言葉に匠真は軽くうなずいた。
「俺が必要なときはいつでも言ってくれ」
 匠真の言葉が頼もしい。彼がくれるひとつひとつの言葉が、沙耶の気持ちを支えてくれる。
「本当に、ありがとうございます」
 沙耶は胸がいっぱいになって、彼への感謝の言葉を口にした。匠真は少し首を傾げて目を細める。
「そんなに恐縮しなくていい」
 匠真は右手を伸ばして、指先で沙耶の頬に軽く触れた。彼の優しい指の動きに息をするのを忘れそうになったとき、チエの声が聞こえてきた。
「シロちゃん、注文は決まった?」
 チエが近づいてきて、頬から匠真の指先が離れた。消えてしまった温もりに、なぜだか胸がギュウッとなる。
「シロちゃん?」
 テーブルの横に立ったチエが不思議そうな顔をした。沙耶はあわてて口を動かす。
「あ、あの、厚焼き卵サンドセットを、ドリンクはホットミルクティーでお願いします」
「厚焼き玉子サンド、ホットミルクティー、と。少し待っててね」
 チエは沙耶の注文を端末に打ち込んで、テーブルから離れた。
「ロールキャベツは食べないの?」
 匠真に訊かれて、沙耶ははにかみながら答える。