嬉しくなって立ち止まり、バッグを開けた。取り出したスマホの画面に、短いメッセージが表示されている。
【もう連絡してこないでくれ】
 そっけない文面に、胃の辺りが冷たくなった。
【どういうこと?】
 急いで送ったメッセージに、すぐに返信がある。
【ほかに好きな人ができた】
「そんな」
 思わず声がこぼれた。信じたくない気持ちに押されるまま、メッセージを送る。
【嘘だよね?】
【嘘じゃない】
 沙耶は息が詰まりそうになりながらも、発信ボタンにタップして省吾に電話をかけた。耳元で無機質なコール音が響き、胸が苦しい。
 バッグの持ち手をギュッと握りしめたとき、省吾の硬い声が『もしもし』と応じた。
「省吾くん、いったいどういう――」
 ことなの、という沙耶の声を遮るように、彼の言葉が聞こえてくる。
『彼女とは今の職場で出会ったんだ。おしゃれで垢抜けた美人だよ。彼女と付き合ってる』
「そんな」
『仕方ないだろ。沙耶は地味でまじめすぎて、一緒にいてもつまらない。おまけに自己管理もなってない。頬なんかぶくぶくで、どれだけみっともないか』
 あまりにひどい言葉に、うまく息が吸えなくなった。なにも言えないでいるうちに、そっけない声が聞こえてくる。
『もう連絡しないでくれ。俺の荷物も捨ててくれていい。あんなダサい服、もう着ないから』
 直後、プツッと通話が切れた。
 手から力が抜けて、スマホを持った手をだらりと下ろした。
 いったいいつから。
 こんなのあんまりだよ。
 言えなかった言葉が頭の中をグルグルと回る。
 鼻の奥がツンと痛んで涙の予感がした。唇を噛みしめたとき、ホームに電車が滑り込んできた。機械的に足を動かして、開いたドアから乗り込み、端の席に力なく腰を下ろす。
(一週間前は私の就職を応援してくれてたのに……)
 彼とは同期入社だったが、配属先が違ったため、ほとんど話したことはなかった。けれど、三年前に共通の友人に誘われて何度かグループで遊びに行き、初めてふたりだけで会ったときに、「付き合ってください」と彼に告白されたのだ。
 縁の細いメガネをかけた省吾は、少し神経質そうに見えたが、本当はいつも気を張っていただけだった。