辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 案内係が脳外科の入院病棟への行き方を教えてくれたので、「ありがとうございます」と礼を言って、奥にあるエスカレーターに乗った。四階で降りて面会受付で面会票に記入し、長い廊下を進む。美咲に病室を教えてもらっていなかったので、左右をキョロキョロしながら歩いていたら、中ほどに〝代田保志〟と父の名前が掲示されている病室を見つけた。
 スライド式のドアをノックしようとしたとき、中から何人かの女性の話し声が聞こえてきた。くぐもっていて話の内容はわからないが、きっと継母と双子の妹たちだろう。
 考えてみれば、母に連絡せずにお見舞いに来てしまった。
 どうしようかとためらっていたら、突然スライドドアが開いた。
「ありがとうございました」
 聞こえてきた美咲の声に軽くうなずいて、紺色のスクラブの上に白いドクターコートを着た男性が出てきた。
(お医者さまの回診中だったんだ)
「すみません」
 沙耶が顔を伏せて数歩下がったとき、医師がドアを閉める手を止めた。
「沙耶さん?」
 突然名前を呼ばれて、沙耶は怪訝に思いながら視線を上げた。するとすぐ目の前に匠真の顔がある。
「えっ、こ、小早川さん!?」
 ドクターコート姿の匠真が右手を軽く顎に当てた。
「ああ、そうか」
 彼は納得したようにうなずき、閉めようとしていたスライドドアを大きく開けた。
「どうぞ」
「え、あ、あの、あ、りがとうございます」
 沙耶は驚きすぎて動かない口をどうにか動かして礼を言い、ぺこりとお辞儀をした。沙耶が病室に入り、背後でドアが閉まる。
 匠真に促されて中に入ったものの、沙耶を出迎えたのは真緒のとげとげしい声だった。
「なによ、今頃来たの? 冷たすぎるでしょ」
 沙耶が謝ろうとするより早く、美咲があわてた様子で口を開く。
「あのね、真緒ちゃん、心配かけたくなくて、沙耶ちゃんにはさっき連絡したばかりなの」
「……あっそ」
 真緒はふいっと横を向いた。
「こんなにすぐに来てくれるとは思わなかったけど……」
 美咲の声に少し驚きが混じっていた。
「あの、実は近くのカフェにいたの」
 沙耶は答えてから、遠慮がちにベッドの足元に近づいた。
「お父さん」