辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 沙耶は客の名前だけでなく、好みまですぐに覚える。よく目を配っていて、さっきみたいに子どもが泣いたりすれば、すぐに対応する。
 それに、匠真がひとりでゆっくり食事をしたいのをわかっていて、今日みたいに混んでいる日は、テラス席を開けてくれたりするのだ。
 本当にこの仕事が好きなんだな、と思う。
(さて、病院に戻るか)
 束の間のランチタイムですっかりリフレッシュし、匠真は会計をすべく席を立った。

 その数日後。
 カフェ・プラチナにしては珍しく、二時過ぎなのに客の姿がひとりもなかった。
 匠真が通りに面した店内のカウンター席で食事を終えたタイミングで、沙耶が声をかけてくる。
「小早川さん、いつも来てくださってありがとうございます。あの、これ、プラチナ開店三周年記念で、みなさんにプレゼントしようと思っているお菓子なんです。よかったら感想を聞かせてもらえませんか?」
 丸い小さなお菓子がふたつ入った透明のパッケージを、沙耶が遠慮がちに差し出した。
「これは?」
 匠真は受け取って沙耶を見る。
「ポルボロンっていうスペインの伝統菓子をアレンジしたものなんです。ほろほろって崩れるので、小さなお子さまにもお年寄りにも食べやすいかなぁって思って」
「へえ、ありがとう。今食べてもいい?」
「もちろんです」
 匠真は緑色のワイヤーリボンを解いてパッケージを開けた。うっすらと白く粉糖がかかった淡いピンク色と茶色のクッキーだ。
 ピンクのほうを口に入れると、沙耶の言ったとおり、口の中でほろほろと崩れた。けれど、しっとりしているので食べやすい。
「アーモンドとイチゴの味がする」
「はい。アーモンドの粉末を使った生地に、イチゴのフリーズドライパウダーを混ぜ込んだんです」
「甘すぎなくておいしいな」
 甘ったるいクリームなどは苦手だが、これならいくつでも食べられそうだ。
 匠真がそう思ったとき、沙耶が眉を曇らせた。
「もしかして、甘いものはお嫌いでしたか?」
「いや、クリームが苦手なだけで、これは好きだな」
「よかったです。実は今日はお客さまが少ないので、さっきまでキッチンで焼いていたんですよ」