辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「こうやって水をかけると、虹が見えるかもよ」
 沙耶が太陽を背にして水をかけはじめ、水の先に小さな虹ができた。
「わぁ、にじ!」
 女の子はすっかり笑顔になって、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
「きれいだね」
「うん、きれー!」
 女の子を見守る沙耶は柔らかく頬を緩ませて、とても優しい表情をしている。そんな彼女を見ていたら、匠真も自然と口元がほころんだ。
 やがて食べおえた母親が、会計を済ませて店の外に出た。気づいた娘が母親に駆け寄っていく。
「ママ!」
 母親は女の子を抱き上げて、沙耶に向き直った。
「本当にありがとうございます。主人が出張でいなくて、ワンオペ育児に疲れ果てて……。ちょっと息抜きのつもりでお茶しに来たのに、娘が泣きだすから、どうしようかと思いました」
「ふたりきりだと大変ですよねぇ」
「そうなんです。でも、とてもリフレッシュできました。本当にありがとうございました」
 母親は何度も頭を下げながら道路を渡った。公園に着いたとたん、女の子は飛び降りるようにして母親の腕から抜け出し、駆けていく。
「わあ、元気」
 沙耶は微笑んでふたりに手を振った。ジョウロを片づけようと方向転換した沙耶は、ふたりの高齢女性が通りを歩いてくるのに気づいた。
高田(たかだ)さん、真崎(まさき)さん、こんにちは」
 ふたりともカフェの常連客だ。女性たちはゆっくり歩いて沙耶に声をかける。
「シロちゃん、今日のケーキセットのケーキはなぁに?」
 沙耶は名札に名字の一部である〝シロ〟と書いているため、みんなからそう呼ばれている。学生時代のニックネームが〝シロちゃん〟だったのだそうだ。
「今日はリンゴとクルミのパウンドケーキと、真崎さんが好きなクリームチーズを使ったスフレチーズケーキから選べます」
 沙耶は答えて、ふたりのために店のドアを開けた。
「まあ、どっちもおいしそうね」
「私は迷わないわよ」
 高田と真崎が話しながらドアから中に消えた。沙耶は小走りになって裏庭にジョウロを片づけ、裏口から店内に入る。
 ちょこちょことした動きに、またもや温かな笑みを誘われた。