辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 沙耶は緊張しながらも、ブロッコリーとカリフラワーを茹ではじめた。その間に、あらかじめオーブンで焼いて、アルミホイルをかけて休ませていた豚肩ロース肉のブロックをスライスする。それを茹でた野菜と一緒に盛りつけて、ハニーマスタードソースを添えた。
「ライスを盛っておきましたよ」
 タイミングよくヒーコがライスを盛った皿をトレイに置いた。それを涼花が淹れたハーブティーと一緒にチエが女性客の席へ運んでいく。
「お待たせしました」
 チエの声を聞きながら、沙耶と涼花は女性の様子をこっそり見守った。女性はマスクを外してバッグに入れると、まずハーブティーを一口飲む。
 窓のほうを向いているので、表情は見えないが、女性が肩の力を抜いたのがわかった。それからナイフとフォークを取り上げて、ローストポークを口に運ぶ。
 女性はゆっくり味わった後、大きく息を吐いたのが体の動きでわかった。それからおずおずと店内に目線を動かした。壁の正月飾りを眺め、レジで接客をするノリを見て、キッチンの入り口近くで椅子に座っているアキコに視線を移す。目が合ったアキコが立ち上がろうとしたが、女性はなんでもない、と言うように首を横に振った。それからキッチンを見て、涼花と沙耶を見る。
 完全に目が合った。やはり匠真の母だった。
 けれど、彼女はすぐに視線を逸らして、また食事に戻った。

 それから沙耶が料理を作ったり接客をしたりと忙しくしている間に、匠真の母は食事を終えた。伝票を持って立ち上がったが、レジカウンターには向かわずに、じっと立っている。
「お客さま?」
 ノリが怪訝そうに声をかけた。
「あの」
 匠真の母はゆっくりとメガネを外して、キッチンに近づいてきた。気づいた涼花が急いで沙耶に並ぶ。
「どうかなさいましたか?」
 涼花の声は緊張していた。匠真の母はショルダーバッグにメガネを入れて、顔を上げる。その顔にはどこか悲しげな笑みが浮かんでいた。
「ステキなお店ねって、伝えたくて」
「えっ」
 思いもよらぬ言葉をかけられて、涼花が小さく声を発した。沙耶も声こそ出さなかったが、同じ思いだ。
「神谷さんにも代田さんにも……いろいろひどいことを言ってごめんなさい。ここがこんなに居心地のいい場所だなんて、知らなかった。今日、ここで食事をしたり、おしゃべりしたりしてるみなさんの様子を見て……優真が目指していたことがなんなのか、ようやくわかったの。優真は涼花さんと一緒に、人の心と体を元気にする場所を作りたがっていたんだって。それも、匠真に言われてから気づいたんだけど……」