辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 言うなりコートの裾を翻して外に飛び出していった。
「沙耶? 真緒?」
 リビングから父が顔を覗かせた。
「真緒ちゃんは理緒ちゃんが来ないか見に行くって」
「そうなのか。それじゃ、沙耶は先にくつろいでなさい」
 父に手招きされて、沙耶は胸のつかえがとれたような気持ちでショートブーツを脱いだ。

 両親の家でおせち料理を食べた後、匠真と沙耶は暇を告げて、コインパーキングに戻った。
 車に乗り込んでから、匠真が沙耶を見る。
「順番が逆になってしまったな」
 すまなそうな表情の匠真を見て、沙耶は助手席で首を傾げた。
「なんの順番?」
「先に沙耶にきちんとプロポーズしたかったのに、妹さんに沙耶とのことを誓ってしまった」
 沙耶は運転席に体を向けた。
「でも、匠真さんのおかげで、妹とのわだかまりが解けたんだよ。だから、そんなふうに思わないで。それに、私はプラチナの忘年会の日にプロポーズされたつもりでいたんだけど?」
 沙耶が匠真を斜めに見上げたら、匠真は小さく笑みを浮かべた。
「そうだな。でも、ちゃんとかっこはつけさせてもらうから」
「楽しみにしてる」
 匠真は右手を伸ばして沙耶の頬に軽く触れた。愛おしむようなその仕草に、笑みを誘われる。
 コンプレックスだった頬も、匠真が『かわいい』と言ってくれたおかげで、今では大好きになっていた。

 その数日後、年明け最初の月曜日からプラチナは店を開けた。冬休みだからか、幼児や小学生を連れた親が来たり、高校生や大学生同士で来店したりと、店内はいつにもましてにぎやかだ。
「お待たせしました、カレードリアランチです」
 沙耶がカウンター席のふたり連れの女性の前にランチプレートを置いたとき、カランとベルの音が鳴って、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
 顔を向けたら、スカーフで髪を覆い、濃い色つきの眼鏡をかけて、マスクをした女性が入ってきた。顔は伏せているものの、しゃんと伸びた背筋が美しく、スカーフから覗いているセミロングヘアは、落ち着いた茶色に染められている。
 どことなく見覚えがある。