辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 真緒がブーツを脱ぎながら呼びかけたら、廊下の奥にあるリビングルームから父と母が顔を覗かせた。
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
 父と母が歩いてきて、匠真にスリッパを薦める。
「小早川先生、わざわざありがとうございます」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。よろしければ、名前でお呼びください」
「では、匠真くんと呼んでも?」
「はい、ぜひ」
 父が匠真をリビングルームへと案内した。沙耶も後に続こうとしたが、真緒が沙耶のコートの袖を引っ張った。
「真緒ちゃん?」
 沙耶が振り返ると、真緒はパッと手を離して視線を落とす。
「あの、ごめん」
 かろうじて聞こえるくらいの小さな声で真緒が言った。沙耶は妹に向き直る。
 真緒は両手をギュッと握って言葉を続ける。
「小さい頃……お父さんが天国に連れていかれて、お母さんしかいなくなっちゃったのに、お母さんが再婚してお姉ちゃんに優しくしてるのを見たら……お母さんを取られるんじゃないかって不安になったの。それで、いっぱい意地悪言って、お父さんまで取ろうとした。今さら許してもらえないかもしれないけど……ごめん」
 最後は絞り出すような声で真緒が言った。握りしめた両手が小刻みに震えている。
 真緒と理緒は小学一年生のときに父親を亡くしたのだそうだ。母親が沙耶の父と再婚したとき、ふたりはまだ小学三年生だった。
 ふたりよりもずっと大きかった沙耶でさえ、あんなにつらく耐えがたい思いをしたのだ。今なら、真緒の態度も受け止められる気がする。
 沙耶はにこりと微笑んだ。
「私、真緒ちゃんと理緒ちゃんがうちに来てくれたとき、妹ができたってすごく嬉しかったの。それは今でも同じだよ」
「なんでそんな優しいことを……」
 真緒が今にも泣きそうに表情をゆがめた。
「ほんとは私ももっと真緒ちゃんに向き合うべきだったのに、逃げたの。ふたりの前からいなくなれば、いつかうまくいくかな、なんて甘い考えで。だけど、そんな私の代わりに、お父さんとお母さんのそばにいてくれたこと、すごく感謝してる。ありがとう」
 沙耶の言葉を聞いて、ついに真緒が目に涙を浮かべた。すぐに手の甲で拭って、沙耶に背を向ける。
「わ、私っ、理緒が来ないか見てくるっ!」