辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

『とても優秀な研修医がいるの。山根凛子さんって方で』『病院経営のなんたるかもわかっているわ』『彼女も匠真との結婚に乗り気なの。いずれふたりは婚約することになるわ』
 今、彼と一緒にいるのは、凛子かもしれない。
 匠真と同じ職場にいて、彼と同じ方向を見ている人。
 沙耶は膝の上で両手をギュッと握りしめた。そんな沙耶に追い打ちをかけるように、真緒からメッセージが届く。
【小早川先生たちの邪魔をしないで、身の程をわきまえたほうがいいと思うけど】
 沙耶は返信せずにスマホをバッグに戻した。

「シロちゃん、オムライス、お口にあったかしら?」
 沙耶が一階に降りたら、キッチンにいたアキコが声をかけてきた。少し期待するような、でもどこか不安交じりの表情で、祈るように胸の前で両手を組んでいる。
 沙耶はにこりと笑った。
「とってもおいしかったです」
「た、たとえばどんなところが?」
「そうですねぇ、ケチャップライスの味がしっかりしていて、バター風味のふんわり卵と相性抜群でした」
 沙耶の返事を聞いて、アキコは大きく息を吐き出した。
「わあ、よかったぁ~。ほら、今どきのオムライスって、ライスの上にのせた卵にナイフを入れたら、とろ~ってきれいに二つに割れたりするんでしょ? あんなの、私にはとても作れないから」
「あれは特別だと思いますよ」
「そうなのかな~。でも、私もいつかできるようになったらいいなとは思うけど。ふふっ、じゃあ、食器、洗っちゃいますね~」
 アキコはすっかり楽しそうな声になって、沙耶の手からトレイを取った。
「ありがとうございます」
 アキコがいそいそとキッチンに入り、入れ替わるようにコロッケプレートを持った涼花が出てくる。
「私、これからランチ休憩入らせてもらうね~」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
 沙耶は階段を上がる涼花に声をかけた。
 お客は常連客三組のみで、店内の様子は落ち着いている。テラスの掃き掃除にでも行こうかと思ったとき、ベルの音がしてドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
 沙耶が顔を向けたら、四十歳くらいの女性が控え目に顔を覗かせた。彼女は静かに中に入って、店内をそろっと見回す。