辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 カップにそっと口をつけたら、涼花が説明してくれたとおり、すっきりとした清涼感とほのかな甘みが口の中に広がった。
 ホッと息を吐き出して、カップをソーサーに戻した。
 三人の女性客が席に着き、料理やドリンクを選ぶ楽しそうな声が聞こえてきた。けれど、匠真はテーブルに視線を落としていて、沙耶たちのテーブルには沈黙が漂っている。
 なんとなく居心地が悪い。
 沙耶は言葉を探し、カップに手を添えたまま口を開いた。
「あの、先ほどはお声をかけてくださり、ありがとうございました」
 匠真はカップをソーサーに置いて、沙耶をじっと見た。
「いや。それより、貧血と診断されたことは?」
 急にそんなことを訊かれて、沙耶は戸惑いながらも答える。
「あの、実は去年、健康診断で指摘されて、病院で鉄欠乏性貧血って診断されました。今は経過観察中なんですけど……」
「そうか。きちんと受診しているならいい」
 匠真は沙耶の指先にサッと視線を送った。沙耶は反射的に手をギュッと握る。貧血で受診した婦人科の先生に、「貧血の人によく見られる変形した爪の形をしている」と言われたことを思い出したからだ。
「はーい、ハンバーグプレート、お待ちどおさま」
 明るい声を出して、チエが匠真の前に四角い大皿を運んできた。ライスとハンバーグ、フライドポテトとレタス、それにスープカップがのっている。
「君もなにか食べたらどう?」
 匠真がフォークとナイフを取り上げて言った。ソースの濃厚な香りが漂ってくるが、食事をとりたい気持ちになるほど、心の傷が癒えたわけではない。
「そうですねぇ……」
 沙耶はあいまいな口調でつぶやいた。匠真はハンバーグにナイフを入れながら言う。
「ここで働くなら、料理の味を知っておいたほうがいいんじゃないかな」
「あ、確かに……」
 彼の冷静な言葉を聞いて、そのとおりだと思った。お客さまにどういう味か訊かれたときに、説明できたほうがいいに決まっている。
(じゃあ、なにか食べようかな)
 沙耶が考えていたら、匠真がハンバーグを口に入れた。ゆっくり噛んで味わっていた彼が、沙耶を見て目を細める。
 さっきからずっと無表情だった彼がそんなふうに頬を緩めるなんて、よっぽどおいしいんだろう。
 気づけば沙耶は、はっきりと空腹を覚えていた。
「あの、すみません」