辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

「三年前にカフェをオープンして、経営が軌道に乗りはじめた頃、プロポーズしてくれたのに……」
 涼花が声を詰まらせた。
「それからすぐ後、今から一年近く前に、兄さんは不慮の事故で亡くなったんだ」
 匠真が低い声で言った。涼花は目を伏せて声を発する。
「一月末に一周忌があるんだけど、静枝さんは私に来てほしくないらしくて。今になっても私じゃダメみたい。優真くんの婚約者だったって認めてくれないの」
「涼花さんが来られるよう、必ず母を説得するから、もう少しだけ待っててくれ」
「ありがとう。匠真くんには本当に助けられてる。忙しいだろうに、プラチナに様子を見に来てくれて。匠真くんが食べに来てくれるから、ちゃんとお店を開けなくちゃって思えたんだ。でも、先週は情けないところを見せちゃった。優真くんに呼ばれてたみたいに〝すず〟って愛称で呼んでもらったけど、声がぜんぜん違うんだもん」
 涼花は小さく舌を出した。笑おうとしているようだが、目に涙が浮かんでいた。
(先週の木曜日のあれは、そういうことだったんだ……)
 涼花が匠真の前で泣いていた理由がわかると同時に、涼花の気持ちを思って沙耶は胸が苦しくなった。
「涼花さん」
 沙耶は涼花に体を向けた。匠真が腕をほどいたので、沙耶は涼花の両手を握る。
 けれど、かける言葉が見つからず、ただただ涼花の手を握り締めた。
「ふふ、沙耶ちゃんが泣かないで」
 泣き笑いの涼花に言われて、沙耶は自分も涙を流していることに気づいた。
「沙耶ちゃんは優しいね」
「涼花さんのほうが優しいです」
「ありがとう」
 涼花は涙を散らすように瞬きを繰り返して、大きく息を吐き出した。沙耶の手を握り返して、明るい口調で言う。
「さて、恋人たちの時間を邪魔しないように、私はそろそろ帰るね」
「涼花さん、送っていきます」
 沙耶は心配して声をかけたが、涼花はその場でくるりと回ってみせた。ベージュのコートの裾が翻り、笑みを浮かべて沙耶を見る。
「ううん、大丈夫。沙耶ちゃん、いつもありがとう。沙耶ちゃんがプラチナを手伝ってくれて、ほんとに助かってる。また月曜からよろしくね」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
 涼花はテキパキと鍵をかけて警報装置をセットした。
「匠真くんもまたねー」