辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする

 先週の木曜日、涼花は匠真にしがみついて、『大好きなの、愛してるの』と泣いていたではないか。
 沙耶が匠真と涼花の顔を交互に見ていたら、涼花は笑みを消して沙耶に向き直った。
「私が匠真くんに親しげにしすぎちゃったのかな。私はね、優真くん……匠真くんのお兄さんと付き合ってたの」
 匠真に兄がいたとは初耳だった。驚いて匠真に顔を向けたら、彼が小さくうなずく。
「涼花さんは兄の婚約者だった」
「あなたたちのお母さまには認めてもらえなかったけどね」
 涼花は皮肉っぽい口調で言って、肩をすくめた。
 ふたりが過去形で話していることが気になり、沙耶は匠真から涼花に視線を移した。
「匠真くんと私が高校の同級生だったって話はしたでしょう?」
 涼花の言葉に沙耶はうなずく。
「はい」
「優真くんは私たちの二歳年上で、バドミントン部の先輩だったの。二年生の終わりに引退してたんだけど、ときどき部活に顔を出して、後輩の面倒を見てくれてたんだ。そのとき、優しくてかっこいい先輩だなって思って……。気づいたら好きになってた。お父さんの病院を継ぐために、医学部を受験するって聞いてたから、優真くんの受験が終わってから告白したの。そうしたら、OKしてくれて」
 涼花は懐かしむような表情になって匠真を見た。
「高二になったときに、匠真くんと同じクラスになってびっくりしたんだ」
「俺もだよ。兄さんのカノジョと同じクラスだなんて、最初は少し気まずく感じた」
「とか言って、匠真くんは女子全般と距離を置いてたくせに」
 涼花がニヤニヤ笑い、匠真はそっけなく答える。
「面倒だったからな」
「そういうクールなところが逆にいい、とか女子が騒いでたもんねぇ。私に言わせれば、優しい優真くんのほうが何百倍もステキだったけど」
 涼花は遠い目をして言った。少しして首を左右に振って、説明を続ける。
「優真くんは伊吹会病院で内科医として働いているうちに、どこも悪くないのにしょっちゅう病院に来るお年寄りがいることに気づいたの。わけを訊いたら、家にもどこにも居場所がなくて、誰かと話したいから来るんだって。そんな話を聞いて、優真くんは高齢者の生きがいづくりのためになにかできないかなって悩みだしたの。それを聞いたとき、私はちょうど夢だったカフェをオープンすることを考えてて、だったら、高齢者が活躍できる、高齢者の生きがいの場になるカフェを作ろうって思ったんだ」
「プラチナは兄さんと涼花さんの夢の店なんだよな」
 匠真の言葉に、涼花は静かにうなずいた。