春の西の空は美しいバラ色に染まっていて、東の空から徐々に藍色が深まっていく。
 昼と夜のはざまの時間はとても幻想的だ。
 遠く水平線の向こうに太陽が沈み、最後に残った光のかけらがスーッと消えて、沙耶(さや)はほうっと息を吐いた。
匠真(たくま)さん、すごくきれいだったね」
 海に面した最上階のオーシャンビュースイート。そのバルコニーから美しい夕日を堪能して、沙耶はうっとりとした。
「沙耶」
 腰を抱いてくれていた匠真の手が離れて、沙耶は隣に立つ彼を見た。
「匠真さん?」
 彼はスリーピースのポケットから黒いベルベットの小箱を取り出し、おもむろに片膝をついた。
「沙耶、愛してる。これからの人生、ずっと沙耶のそばにいたい。沙耶にそばにいてほしい。あのときの約束を永遠のものにしよう」
 匠真が小箱のふたを開け、大粒のダイヤモンドを抱いた美しいプラチナのリングが現れた。中央のダイヤモンドの両側にメレダイヤが寄り添う華やかなデザイン。
「は、はい……っ」
 嬉しすぎて喉が詰まり、それだけ言うのがやっとだった。
 匠真が立ち上がってケースから指輪を抜き取り、ケースをポケットに入れた。沙耶の左手を取って、薬指にそっと指輪をはめる。
 ひんやりとしたその重みが、彼の気持ちの揺るぎなさを伝えてくれているようで、沙耶は胸がいっぱいになった。
 左手を包み込んでくれるその人が愛おしくて、心の底から湧き上がってくる想いを言葉にする。
「私も匠真さんを愛してる」
 嬉しそうに微笑んだ匠真の顔が、涙でにじんだ。彼が顔を傾けてゆっくりと近づけてきて、沙耶はそっと目を閉じる。
 唇に触れた彼の唇は、温かくて柔らかくて……泣きたいくらいに胸を熱くさせる。
『つまり……小早川(こばやかわ)さんにもメリットがあるから、恋人のふりをしてくださるということですか?』
 そんな言葉で契約を結んだ偽りの恋人だったのに、こんなにも大切で愛おしい人になるなんて、あのときは思いもしなかった――。