「お兄様、ずるいですわ!」
子どものように頬を膨らませるルイーゼの相手をする気にもならず、コナンはそそくさと愛馬ピテルに会いに厩舎へと足を運んだ。
(ずるいと言われてもなぁ)
正直ため息しか出ない。
本来手に口づけるのは自分の役目のはずだ。なのに先手を取られた。
競争ではないが、なぜか無性に悔しい。女性に対してこんなことを思うのは初めてで自分の心に戸惑うが、胸の奥のモヤモヤはどうにもすっきりしなかった。
コナンは今回、自分が彼女の結婚相手にどうかと呼ばれていたことに気づいていた。叔父は内緒にしているつもりのようだが、人の口に戸は立てらるものではないのだ。
イリシア国王位継承第一位であるエミリア王女。
彼女には十二歳下に弟のオズワルドがいるが、母親が平民出身であるため王子の称号はない。表向きコナンは、そのオズワルドの家庭教師として招かれているのだ。
六歳のオズワルドは大変聡明な少年だと聞いている。
実際さっきも挨拶をしただけだが、少し人見知りなところが自分と似ていて親近感がわいた。
「なあ、ピテル。オズワルドは可愛い子だったよ。教えるのが楽しみだ。家庭教師だけ引き受けて、結婚話に関しては叔父上が忘れてくれるといいんだがな」
ふと、手の甲に触れたエミリアの唇の感触を思い出し、カッと頬が熱くなる。
(彼女は多分、夫ではなく妻を探したほうがいいんじゃないかな)
強烈に焼き付いた彼女の瞳の色を振り払う。
無性にピテルと走りたくなり、準備をしていると厩舎に誰かが入ってきた。
「コナン、遠出かい? 私がご一緒しても構わないかな?」



