怜央はバーで航平と直哉と飲んでいた。

橘怜央の隣に座っているのは、藤原航平(ふじわら こうへい)と滝川直哉(たきがわ なおや)。

航平は広告代理店を立ち上げたクリエイティブディレクターで、飄々としつつも実は面倒見がいい兄貴肌。

一方の直哉はIT系スタートアップの代表で、口は悪いがどこか憎めないムードメーカー。

二人は怜央とは高校時代からの付き合いで、気心の知れた親友同士だ。

「で、どうなんだよ、そのサブスク恋愛ってやつは?」

航平がストレートに切り込んでくる。

「まあ、思ったより面白いよ」

怜央はグラスを軽く傾けながら答える。

「ほーん? お前、付き合うなら本気でいくタイプじゃなかった?」

直哉が疑いの目を向ける。

「昔はな。今はサブスクなんだから本気になるわけないだろ。恋愛してる暇ないし、めんどくさいし。ただ、うちの会社もサブスク事業あるし、実際に試してみたらって感じだった。お互いに楽しめる関係ってのがいいなって思って始めたんだけど、相手も意外と割り切ってる子でさ。この前ローズの店にも連れてった」

「お前、あの店に連れてったのか? へえ……」

航平が意味ありげに笑う。

「お前の方がハマってんじゃねぇの?」

直哉もニヤニヤと怜央を見た。

「……は?」

怜央が眉をひそめる。

「その顔、もう手遅れっぽいかもな?」

直哉がさらに追い打ちをかけた。

「は? ないから」

怜央は目をそらし、氷の入ったグラスを回す。

「お前の“ない”ほど信用できないものはないぞ」

航平が呆れ顔でため息をついた。

「そうそう。昔もそんな感じで“ないない”言ってたけど、結局付き合ったよな?」

直哉が懐かしむように笑う。

「……違うって。あの時はまあ……」

怜央の声が少し曖昧になる。

「まあ、あれ以来誰とも付き合おうとしないしな」

航平がぽつりと呟いた。

怜央は無意識のうちに、グラスの氷をまた回していた。

「で? どんな子なんだよ、彩ちゃんって?」

直哉が唐突に問いかけた。

「……ん?」

怜央が小さく目を見開く。

「ほら、お前、適当に付き合ってるならそんなに覚えてないだろ?」
航平がニヤつく。

「試してみるか?」

直哉もからかうように促す。

「……いや、普通に覚えてるけど?」

怜央が静かに言った。

「ほう?」

航平が身を乗り出す。

「じゃあ、どんな子?」

直哉が腕を組んだ。

「えっと……負けず嫌いで、ブランドバッグの話になると早口になる。コーヒーは絶対砂糖なし。服は最新トレンドを押さえてるけど、意外とベーシックな色を好む。あと、俺が冗談でからかうと、ちょっとムキになる……あと、あと……」

「……いや、例えばコーヒー飲むときの唇の形が──って違うわ!!」

怜央が自分で気づいて止まる。

「おいおい、唇の形まで覚えてるのかよ」

航平が爆笑し、直哉も吹き出す。

「……何?」

怜央が不服そうに言う。

「お前……」

航平がグラスを置いて呆れ顔。

「やっっっば」

直哉が半笑いで口にする。

「ガチじゃん」

航平が指差す。

「お前、それ“ただのサブスク彼女”の記憶力じゃねぇぞ?」

直哉が決定打を放った。

「……うるせぇ」

怜央は再びグラスの氷を回す。

その音が、やけに大きく響いた気がした。

「まあ、あんなことがあったしな。お前の気持ちも複雑だよな」

航平がそっと言った。

(……俺が本気になったって、どうせまた別れる)

怜央の脳裏に、言葉にしない本音が静かに浮かんでいた。


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