——週末の青空の下。

怜央の車が静かに高速道路を走っていた。
助手席の彩は、スマホをいじりながら、ときどき窓の外を眺めている。

「これ、どこ向かってるの?」

ふと尋ねる彩に、ハンドルを握る怜央が短く答えた。

「鎌倉。ちょっと食べ歩きでもしようかと思って」

「へぇ、いいじゃん」

軽く頷きながらスマホを閉じた彩に、怜央が聞いてくる。

「好きな食べ物ってなんかある?」

質問され、彩は少しだけ考えてから、いたずらっぽく言った。

「……ラーメン」

「え?」

思わず驚いたように、怜央が横目で彩を見る。

「好きな食べ物でしょ? ラーメン。特に醤油」

「へぇ……意外。もっとオシャレなものが好きかと思った」

「オシャレなものって?」

彩が笑うと、怜央は冗談めかして言う。

「トリュフのパスタとか、オマール海老のなんとかとか」

「いやいや、それ“たまに食べるといいな”ってだけで、普段からそんなの食べてたら破産するわ」

肩をすくめる彩に、怜央がふっと笑う。

「そういうもんか?」

「そういうもん。……で、怜央さんは?」

「俺? ……カレーかな」

「わかる! カレーって無性に食べたくなるときあるよね!」

「そうそう。スパイスの効いたやつが特に好き!」

車内にはジャズが流れていたけれど、会話のテンポはラフで、自然だった。

「いつも週末は何してるの?」

怜央の問いに、彩は少し首をかしげながら答える。

「んー、ジム行って、友達とカフェ行ったり。だいたいそんな感じ」

「彩さんはちゃんと週末って感じだな。俺は仕事だな。だって俺、社長だもん」

ちょっと誇らしげに言う怜央に、彩は笑いながら言った。

「そりゃまぁ、社長は週末も仕事だよね」

「彩さんはさ、サブスク以外の恋愛はもうしないの?」

前触れもなく、怜央がそんなことを言う。

「んー。どうだろう、いずれはするかもだけど、今はこの生活が気に入ってる。怜央さんは?」

「……まぁ、似たような理由かな。自由がいいっていうか」

「だよねー」

お互い、あまり深く突っ込むことなく、それでもなんとなく分かり合えたような静かな空気が流れる。

潮風がシャツの袖を優しく揺らし、砂浜を歩くカモメの声が遠くに響く。

本当の自分を、無理に隠さなくていい場所。

――鎌倉の風はどこかくすぐったくて、心の奥までそっと撫でてくれる。

だからきっと、今日のふたりは、いつもよりほんの少しだけ素直になれた。

***

ゆるやかな海風に誘われて、
ふたりが足を止めたのは、海沿いの小さなソフトクリーム屋。

観光地によくある佇まいなのに、どこか心地いい空気が流れている。

「これ、うまっ!」

嬉しそうにソフトクリームを頬張る怜央。

「ほんとだ、美味しい!」

彩も笑顔で一口。──そのときだった。

「あっ」

ヒールのかかとがぐらつく。

一瞬のふらつきに、怜央の手がすっと伸びた。

慣れた動作で、彩の腰をしっかりと支える。

「大丈夫?」

その低い声に、彩の心臓が一瞬だけ跳ねた。

(……焦った)

動揺を悟られないように、彩はそっと笑ってごまかす。

「ありがとう」

「そりゃ、大事な“契約相手”だからな」

冗談めかして笑いながら、またソフトクリームをひとくち。

彩もつられて笑った。

でも、心のどこかが少しだけ、あたたかくなっていた。

──本気になるつもりはない。

──ただ、今この瞬間を楽しめればいい。

それが二人のルール。


***

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