都内のビルの中にある、ちょっと変わったレストラン。

店の中央には、まるで屋内プールのような巨大な生けすがドンと構えている。
澄んだ水の中を、色とりどりの魚たちが群れをなして泳ぎ回って、
まるで水族館の一角のような光景。

その周囲にテーブルが並び、釣った魚をその場でさばいて提供してくれるという、なかなかユニークなシステムだ。

彩は生け簀の前で、目を丸くして立ち止まった。

「ここ?」

(高級レストランじゃないの? ありえない……)
(えっ、ていうか、今日のワンピ、バレンシアガなんだけど……?)

彩は心の中で文句を言いつつ、ルブタンのピンヒールが床に響かないよう気を使いながら、おそるおそる席に向かった。

「……本当にここで釣るの?」
(てか私、釣りとかしたことないし……釣るの、めんどくさいし魚くさくなりたくない)

怜央は自信満々に頷く。

「そう、釣れなきゃ今日は食べられない」

「何釣ってもいいの?」

そう言いながら、彩はちらりと怜央を見上げた。
「いいよ」

目の前にあった網に手を伸ばしながら、彩はにやりと笑った。

明らかに“何か企んでます”な顔。

その視線の先には、生け簀の隅にじっと張りついた──高級食材・鮑(アワビ)。

ほとんど動くこともなく、網を差し出せば、
そのまますくえてしまいそうなほど無抵抗で、とりやすさはピカイチだ。

「うん、私これにする」

次の瞬間、彩は何の迷いもなく、網で鮑をサクッとすくい上げた。

怜央はその瞬間、すべてを悟る。
「……やったな」

その後、怜央は釣竿を持って生け簀の前に陣取る。
やたらとフォームにこだわり、無駄に構えるその姿に、彩は思わず笑いをこらえる。

「見とけよ。俺、小学生の時、ザリガニ釣り選手権で優勝してるから」

と、怜央が自信満々に言うと、

「……なに? その不確かな実績」

と、彩は冷静にツッコんだ。

──数分後。
「……来た! 来た来た来た! 彩さん! 網! 網っ!!!」

焦る怜央の声に、彩がバタバタと立ち上がる。

「えっ!? ちょっと待って!」
慌てて網を差し出す彩。

その間に、怜央の釣った魚が大暴れし、そのまま怜央のシャツに直撃。
びしょ濡れになった怜央は、なぜかドヤ顔で呟いた。

「……これが、命の駆け引きか」

その様子に、彩は呆れたように笑って言った。

「いや、だから鮑がいいんだって」

最終的に、お店の人に助けられながらなんとか釣り成功。
さばかれた魚がきれいに盛り付けられて運ばれてくる。

「俺の汗と涙の味がするから、味わって食べてくれ」
怜央が誇らしげに言うと、

「はーい」
と、彩はあっさり返した。

──全然おしゃれデートじゃなかったけれど、ある意味彩にとっては新鮮なデートだ。
このギャップもサブスクのいいところ。
相手に求めないから、今を楽しむだけ。
だから、やめられない。

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