最初のデートは、まるで仕事のようにスムーズに進んだ。
高級レストランの個室。
磨かれたグラス、ふわりと香るワイン。
メニューはシェフのおまかせコース。
すべてが完璧に整えられていた。
二人は、恋愛サブスクアプリでマッチングしたばかりの「契約恋人」。
あくまで、期限付きの関係。
"楽しい時間を過ごすこと"が目的で、
本気になることは求められていない。
契約恋愛において重要なのは、余計な感情を持ち込まないこと。
嫉妬しない。
束縛しない。
未来を期待しない。
ただ、軽やかに、恋愛というイベントを楽しむだけ。
フォークをくるくる回しながら、怜央が口を開く。
「で、最近の案件ってどう? 市場動向、変わってきた?」
……まるでビジネスミーティング。
彩はワイングラスを手に取り、思わず吹き出しそうになった。
「ねえ、これってデートですよね? 経済セミナー始まるのかと思いましたけど、笑」
からかうように笑うと、怜央はようやく自分の“仕事モード”に気づいたらしく、苦笑いを返した。
「ああ、ごめん。ついクセで……職業病かもな」
「大変ですね、経営者って。でもね、私と会ってる時間くらいは、仕事忘れましょ?」
さらりと釘を刺すと、怜央は素直にフォークを止め、ふっと笑う。
「……確かに。じゃあ、逆に教えて。彩さんの得意分野ってなに?」
「うーん、ファッション関係と、期間限定の恋愛?」
肩をすくめて茶目っ気たっぷりに言うと、怜央が目を細める。
「それ、参考になるな」
「え、何に?」
「うちの会社、サブスク系のサービスにも手を広げようとしててさ。期間限定の恋愛って、ユーザー心理を掴む上でけっこうヒントになりそうなんだよね。……いや、だから恋愛サブスク使ってるのも、ちょっと勉強目的っていうか」
「……ちょっと待って? 今、私との恋愛をビジネス分析に使おうとしました?」
じろりと睨むと、怜央は肩をすくめて苦笑する。
「いや、つい……じゃあ、話題変えて次のデートはいつにする?」
「来週の金曜日とか、どうですか?」
そんなやり取りも、彩にとっては心地いい距離感だった。
「いいね。行きたいとこ、あれば言って」
まるでスケジュールを調整するようなテンポ感。
でも、それが悪くなかった。
トラブルも執着もいらない。
ただ、"大人の恋の時間"を楽しむだけ。
──彩にとって、それが一番ちょうどいい。
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