怜央と彩がレストランを出た瞬間、彩の足元から「パキッ」と音が鳴った。

「あっ」

と彩が声を上げると、隣の怜央が顔をしかめた。

「……今、なってはいけない音したよね」

「うそでしょ、まだ一回しか履いてないのに!」

片足を上げてヒールを確認する彩。完全に折れていた。

「ねえ、怜央さん、これ歩けないんだけど」

「タクシー呼ぶ?」

と怜央がスマホを取り出しかける。

「いや、ここで待ってるのも寒いし、怜央さんの車まで運んで」

「は?」

彩はちょっとだけ唇を尖らせて言った。

「え、こういう時ってさ――普通、“お姫様抱っこ”じゃない?」

あまりにも自然に言ってのける彩に、怜央は一瞬フリーズする。

「……殿じゃないし……俺、社長だけど?」

「何言ってんの? そんなの知ってる。でも今は“彼氏”でしょっ?」

「くっそ、こんなところでサブスクの契約を持ち出すなよ…」

そう文句を言いながらも、怜央は彩を軽々と担ぎ上げた。

(え、お姫様抱っこじゃないの??)

担がれた彩は全然ロマンティックじゃない扱いに内心納得がいかない。
けれど、胸のドキドキを悟られないように、そっと息をのんだ。

その時。

「お兄ちゃんじゃない!?」

後ろから元気な声が響いた。ギョッとして振り向いた怜央と彩。

そこには、若い女性が目を丸くして立っていた。

(え? この状況で? 誰?)

と彩が思う間もなく、怜央が声を上げる。

「……お前、なんでここに?」

「買い物してたら偶然見かけたんだけど!」

その女性――詩は楽しそうに笑うと、彩の顔を覗き込んだ。

「お姉さん、もしかしてお兄ちゃんの彼女?」

「あ、えっと……」

言葉を選んでいる彩を遮るように、怜央が即答する。

「まあ、そんな感じ」

「そうなんだ。お父さんはこのこと知ってるの?」

「ありえないだろ…」

「そっか、そういうことね」

そう言うと、詩はスマホを取り出し、怜央に担がれている彩をパシャッと撮影した。

「おい! 何やってんだよ」

と怜央が慌てる。

「面白い写真撮れたし、またね〜」

詩は満足そうに笑って、手を振りながら去っていった。
ワチャワチャとした兄妹のやりとりを横で見ていた彩は、ふと思った。

(……この人、こんな表情もするんだ)

その姿が、少しだけ新鮮に映っていた。


***

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