「一度でいいから恋というものをしてみたい」と言うと、決まって祖母に叱られた。「何を馬鹿なことを」と出来の悪い生徒を見るかの如く、呆れられ、くどくどと説教を受けた。
旧くから一族が受け継いできた伝承を絵本で聞かされ、「だめだよ、絶対に」と注意を促してくる。祖母はいつもその言葉で締めくくった。恋は禁忌。もはや耳にタコだ。
「いいかい、深緋。“かわいそうな女の子”がこうなったのは、恋をしたからなんだ。そんな相手を作ったら、これまで通りには生きられない。その男の血に一生依存して、生きることになるんだよ。男が死んだらエネルギーを得られずに、朽ち果てて死ぬのが運命なんだ」
鬼気迫る祖母の瞳には、いい加減わかったらどうだい、という懇願が秘められている。
朝食後の忙しい時間帯にする話でもなかったのだが、朝比奈 深緋は以前から気になっていたことを、斜向かいに座る祖母に提案してみたくなった。
「うん。それはわかったけどさぁ、おばあちゃん」
「だれがおばあちゃんだ?」
「……ごめんなさい、リリーさん」
悪びれなくペロッと舌を出すと、リリーさんと呼ばれた深緋の祖母は、よしと頷いてから続きを促した。
「恋をするとしても、ようは片思いで済ませればいいと思うんだよね。深みに入り込むまえに撤退してしまえば、禁忌を犯したことにはならないんじゃない?」



