それは屈辱以外の何物でもない。

千々(チヂ)に引き裂いても足りないほどの屈辱の筈であった。

其のことに喜びを覚えてしまった現実に愕然とした時、もう一つの真実に気付いてしまった。


目的を投げ出すには至らなかったものの、この少女の平穏を祈ってしまったことを。


『私は、貴女を救ってさしあげたいのですよ』


あの言葉は、本心だった。

ありとあらゆる障害から彼女を遠ざけ、その稀有な魂に安寧を。

傀儡として見い出し、それを手にした喜びに打ち震えると同時に少女を巻き込みたくはないと、心のどこかで思ってしまった。

しかし、だからこそ見えた事もある。

人とは違う宿命を背負って生まれた夢という記憶を操る男は、恍惚とした表情で眠る少女を見下ろした。

まさに選ばれて生まれてきたのだとしか考えられぬ生い立ち。

そして其れは追われる運命をも同時に引き寄せてしまった。

彼女の元に平穏な日が来ることはきっと無いだろう。

輝かしすぎる魂のせいなのか、彼女が自ら選び取る道の悉(コトゴト)くが其の運命を課すのかはわからないが。

真実はどうあれ魂の輝きに縛られる男だからこそ、わかることがある。


「やはり貴女は、最高の傀儡」


今はもう、心に迷いはない。

一縷の希望と現実を縒り合わせ、蜃気楼の上に新たなる現実を紡ぎ出す。


それは全てを得ること。

それは全てを喪うこと。

それは――愚かしきこと。


だが、愚かだからなんだというのだ。

既に犯した一度の罪。

今更もう一つ罪を重ねることに何を躊躇おう。


この命、尽き果てることになろうとも叶えたいたった一つの願い。

それは、あの男が奪っていった人生を我が君の元へと返すこと。

全ては己が犯した罪を正当化する為だけに。

全ては、我が世の理を覆すためだけに。

それが如何に独りよがりな願いであろうと、引きさがるつもりは彼にはなかった。


その目に宿るものを人は『狂気』と呼ぶ。




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