見下される言動には慣れているとはいえ、こうもあからさまに敵意と害意を含まれた称賛となると、さすがのエナも眉をひそめてしまう。
傷つけるために敢えて選ばれた言葉でもなく、大人が自らの自尊心を守る為に子供だからと嘲笑う言葉でもない。
心底から、取るに足らない存在だと思っているのが伝わってくる、強者の言葉。
「私の願いを聞き入れるのならば、私は明かしましょう。貴女を傀儡と成すのはやめて」
共犯という誓いを立てろと男は言った。
仲間を裏切り、手を組めと男は唆した。
エナはより色濃い殺気を身に纏う。
「あたしが仲間を裏切ると、本気で思ってんの?」
だが、会話において一枚も二枚も上手である男はくすくすと笑うだけ。
「では、仲間を悪夢から救うためと考えられては如何ですか。そういう奇麗事は得意でございましょう?」
「ナメんなっ!」
エナの足が強く踏み込む。
三節棍が風を切り、唸る。
男の後ろには、壁。
男に逃げる場所などない。
「――!」
エナは目を見開いた。
男は一歩も動かなかった。
指一本動かす素振りも見せなかった。
だが、エナの放った攻撃は男が立つ後ろの壁へと直撃した。
――男の体をすり抜けて。
「な……っ!」
狼狽するエナに男はにやりと笑ってみせた。
「急ぐ必要はありますまいと、そう申したではありませんか。私には貴女と戦う気など毛頭ないのですから」
その笑顔に得体のしれないものを感じ、エナは飛びのいた。
「幽……っ!?」
幽霊かと思った。
だが言いかけて、それとはまた別のものなのだと悟る。
理屈ではなく、心で。
幽霊というには、この男の雰囲気は強すぎた。

