「貴女は何もご存知ない。共に居る者がどれほど罪深き者であるか、貴女は微塵も感じていらっしゃらない。だから、そのようなことが言えるのだ」
やっぱね、と思う一方でエナは溜め息を吐きたくなった。
(あいつ、一体何したんだ……)
ジストの過去など全くと言っていいほど何も知らない。
何処で生まれ何処で育ち、どんな人と出会いどんな道を歩んで闇屋を開いたのかもしらないし、そもそも年齢だって知らない位なのだ。
ジストがこの男に何をしたか見当などつくはずもなく、それ故に口に上らせるのも憚られるようなことをしたのではないか、とちらりと思ってしまう。
おそらく、闇屋の仕事上で買った怨恨なのだろうが。
「……殺したいの?」
殺したいというのであればエナの心は決まる。
どんな手を使ってでもそれを阻止する。
だが。
「無論。ですが私とて、あの御方を殺せるなどとはよもや夢にも思っておりません」
雲行きが変わる。
殺意はあると認めた上で、それを不可能と結論付けているのなら、エナの出方も変わってくるというもの。
「奪われた物、取り戻したいんだっけ」
少しずつ、絡まった糸が解け始める。
何故この男がわざわざ此処に呼び出したのか。
何故、他言無用と言ったのか。
「……あたしに、何、させたいの?」
敢えて言葉を切ってゆっくりと問う。
殺気を孕んだそれは核心を突いていたらしい。
男の口からは感心したような吐息が洩れる。
「ほう……単なる馬鹿というわけではないらしい」
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