「奪うだけ奪って、奪った者の顔すら覚えてはいない傲慢な男から、私の全てを取り戻したいだけ」
噛み締められた男の奥歯が音を発した。
その音には男のあらゆる感情がこめられていた。
「その為に、雨を?」
エナは武器を構えた。
ジストが何を奪ったかは知らないが、同情などしてられない。
「雨は媒体にすぎませぬ……傀儡とする為の」
「また、傀儡?」
エナは睨みつけた。
傀儡、傀儡と事あるごとに言われて苛立つなという方が無理だ。
「知らぬが天国、知れば地獄……哀れな傀儡」
「傀儡、傀儡ってしつこい奴ね」
答えを急ぎすぎるエナが、謎掛けに謎掛けを重ねられるだけの会話に苛立たないわけがない。
このまま問答無用で飛びかかってやろうかという考えがちらりと過ぎる。
それを感じ取ったのか、男は喉を鳴らして笑った。
「まあ、そう急がずともよいでしょう。何もご存知ない故、苛立つのも尤もといえましょうが……」
慇懃無礼な物言いが更にエナの神経を逆撫でる。
「わかってんなら、さっさと教えて。雨の正体」
押し問答は真っ平だ。
意味の無い会話を続ける気はない。
「私の放った刺客の所業。夢と現実を繋ぐもの」
男は静かにそれだけを口にした。
確かな手がかりだった。
少なくとも、雨と悪夢に関連性があることがこれで明らかになったのだから。
「そいつを引っ込める気、ない?」
無理は承知だ。
ジストに深い怨恨を持っているらしい男が、今更退くわけがない。

