「ケドよ……」
ぽつり、とゼルが言を次ぐ。
「重てェのは御免だけど、エナ、さっき言ったよな」
「? どのこと?」
目を瞬かせてエナは次の言葉を待つ。
「エナがエナじゃなくなったら、てヤツ」
ああ、とエナは頷いた。
「何をそんな不安になってンだか知らねェが、もし、お前が自分自身を見失ったトキがきたら」
ゼルが探り探り繋げていく言葉は、どんなに話術がある人間の言葉よりも心を宿していた。
「オレがお前を信じてやっから、お前はオレを信じりゃあいいよ」
聞いた途端、エナは吹き出した。
あっはははは、と声に出して笑う。
「てンめー、オレがマジメに……!」
憤慨するゼルの肩を叩いた。
「違う違う。可笑しいんじゃなくて」
エナは満面の笑みをゼルに捧げた。
「嬉しいの」
重たいと言いながら、抱えられないと言いながら。
その『信じる』ことが既にエナを仲間だと認めていた。
少なくとも、エナはそう受け取った。
「ありがとね」
「うっせー。もういい、前言撤回してやる」
「もー。拗ねんなって。ありがとって言ってんじゃん」
歩調を速めて歩くゼルに駆け足で追いついて、その背中に飛びついた。
ゼルのレインコートについた水滴がエナの手や肌を濡らす。
「だーっ! 重てェよっ!」
「重たくってイんだよー」
「オレがよかねェわっ!」
もう、寒さは気にならなかった。
心がどうしようもなく満たされて。
エナはゼルの背中から、ぴょんと飛び降り両手を口にあてた。
歩みを止めないゼルの背中へと。
「信じるからっ!」
「騒ぐな! 近所迷惑だろーがっ!」
面映ゆい空気が、陰鬱な雨さえも染め変えていた。
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