「この騒ぎの黒幕も、相当強かみたいだけど」
エナの呟くような声音にゼルが同調して頷いた。
「この件から手ェ引くっつーのも、アリなんじゃねェの?」
「ふーん……キャラじゃないこと言うんだ」
正義一徹のゼルにしては、意外な言葉だった。
本来「一般的な正義論」から見れば、ゼルのこの発言は顔を顰められることだろう。
途中で投げ出すということなのだから。
だがエナは顔を顰めることもなく、また、それについて責めることもなかった。
人間がそれほど綺麗ではないことを知っているからだ。
綺麗だとか汚いという言葉で割り切れるほど人間という生き物は単純な存在ではないのだ。
だからエナは顔を顰めない。
だが、それに賛成したりもしない。
ただ一人の人間の言葉として、一つの意見として受け入れるだけだ。
どうせ一度首を突っ込んでしまった以上、この件から手を引くという選択肢はエナには無いのだから。
ゼルもそれを知るからこそ発言出来たのかもしれない。
「なーんか気に喰わねェんだよな、あのイェンってヤツ。なんっつーか……胡散臭ェ。オレは、嫌いなヤツの力になりたいと思えるほど大人じゃねェんだ」
胡散臭さという点では大いに頷きたくなったエナであったが、その衝動をぐっと堪えるくらいの制御は働いているらしかった。
小奇麗で、虚飾の無い家や、こざっぱりした庭。
雨が降り続けるせいで庭の花が枯れてしまっているのは仕方が無いとしても、
切れたまま放置された電球や、しっかりと蜘蛛の巣を張ったシャンデリアを見ていると、この一ヶ月間で荒んでしまっただけだとは考えづらい、とエナは滞在しているこの二日で疑問に思うようになっていた。
虚飾の無い姿を装うことこそが、虚飾ではないだろうか。
住まいは其処に住む人の心を表す。
そういう意味で、エナもある種の警戒を抱いていたわけだが。
「ま、本格的にムカついたら、全て片付いた後で個人的に躾させてもらうってコトで」
今のところ良く持て成してもらっているのだし、現時点での不平は無いのだから、何も今から嫌うことは無い、とエナは思う。

