「あー、そーいや夢見がどうのって言ってたな」
「そーいや、じゃないっつの。っつーかアンタなんで後ろ? 先歩ってよ」
元々面倒見が良く心根の素直なゼルはエナの言葉に顔を顰めることもなく、先頭に立つ。
「ケド、あの厚顔無恥を欲しいままにしてるよーなヤツが、夢くらいでどーにかなっかよ?」
エナが歩き易いように、雑草を掻き分けた後に根本を踏みしめるゼルが言うことも一理あった。
何を見ようが何があろうが、そんなものは何処吹く風、とばかりに飄々としている男だ。
その男があそこまで感情を剥き出しにするような夢とは、果たしてどんなものなのか。
口調だけは保っていたが、それ以外の彼の全ては普段とは全く異なるものだった。
「だから、『悪夢』、なんじゃない?」
呆気らかんと言い切りながら、しっかりと土を踏みしめる。
水に侵食された土は濘(ヌカル)んでいて、ぬちゃりと嫌な音を立てた。
「風邪じゃねーってンならよ、もしかしたらオレらが寝てる間に何かあったのかも知んねェだろ?」
ちっとは心配してやれよ、とゼルは言を付け足した。
目よりも少し高い位置にある木の枝を指で弾くと、葉に溜まった水滴が冷えた肌に当たり、頬を伝う。
「それは無いでしょ」
エナは目の前を行く大きな背中にきっぱりと言い切った。
エナは知っていたからだ。
昨夜、屋敷を抜け出す前も帰ってきた後もジストは確かに自室で眠っていたことを。
余りの寒さに白湯を取りに行く時に彼の部屋の前を通ったのだから間違いない。
彼の気配は確かに部屋の中にあった。
その後もあれこれ考えに耽り、太陽が昇りかけたころにようやく寝台に横になるまで、ジストが居る隣の部屋からは物音一つ聞こえなかった。
それなのに、起きた時ジストの顔は既に見て取れるほどに沈んでいた。
外的要因によるものだとは、どうあっても考えられない。

