「らしくないよ？　飲食店じゃなくてもご飯は食べれるじゃないか」
　エナは向けられた言葉に、ぱっと顔を輝かせた。
「そっか！　民家に突撃しちゃえばいいんだ！」
「エナが言うとマジに家ぶっこわしそーだよな……」
　ゼルの小さな呟きをよそに、エナは先ほどまで意気消沈していたとは思えぬほど活き活きと目の前にあった民家の扉を叩いた。
　だが、その反応は飲食店と変わりなく、雨戸さえ開かれる気配はない。
　みるみる内に頬が膨らんでいくエナを見兼ねてか、ジストが一つの提案を口にする。
「見知った奴の家があるけど……行く？」
　エナは首を傾げた。
　明らかに気乗りしていない様子だったからだ。
「……もしかして、すごく貧乏、とか……？」
　この町はトルーアの街の特色を色濃く引いている。
　トルーアと違い、治安はそこまで悪くはないが、自由自治を行う数少ない町だ。
　独裁者は存在しない変わりに、資本主義に乗っ取って金と人望を持つ人間が権力を得る。
　比較的、一般階級と言われる人々の生活水準が高いとはいえ、そこにある貧富の差は独裁者が居る国とさして変わりない。
　明日の食い扶持（ｸｲﾌﾞﾁ）に困るような家に集（ﾀｶ）りに行くのは、流石に可哀相だとエナは思う。
　だが、ジストの口から放たれた言葉はエナの予想とはまるで違っていた。
「いや、間違いなく上流階級だけどね。ほら、あの屋敷」
　指された方を見遣ると、家々の間から微かに見える建物が目に入った。
　ユーノの外れにあるその建物は遠目から見ても立派な門構えをしていた。
　人口が二千に満たない町といえど、上流階級に居座る人々は、ただ生きていくには余りあるお金を有している。
　ジストの言う『見知った奴』は紛れもなくその一員だった。