雨の闖入者 The Best BondS-2

   *


いがみ合う声が静かな夜を引き裂いた。

その声を現実から締め出したくて、木の引き戸を挟んだ汚い布の上で紅の髪と瞳の少年は耳を塞いだ。

けれどどれほどきつく耳を押さえ付けても金切り声と地に響くような怒鳴り声は隙間を縫って滑り込んでくる。


「元はと言えば貴方が連れてきたんじゃないの! それを今になって放りだすっていうの?! 貴方には責任感というものが……」


女のヒステリックな声に年の割にはしゃがれた怒声が被さる。


「あれを拾ったのは儂だ! あれを捨てるのも儂の勝手だ!!」


同時にがしゃん、と何かが割れる音。

おそらく酒に酔った男が湯呑みでも投げたのだろう。

いつものこととはいえ、それでも少年は毎度のごとく肩を震わせた。


「あの子は物じゃないのよ?! それに、留守がちな貴方に代わって世話してるのはわたしや娘よ! 貴方がどうこう決める権利はないわ!」


負けじと言い返す声に、また何かが割れる音がする。


「世話出来る金を稼いできてるのは儂だ! 儂にまともな酒も出せないというのに、あんな薄汚い奴を食わせていく必要などない!」

「今の酒が嫌ならもっと稼いでらっしゃい! 今だって、貴方の収入じゃ食べてもいけないわよ! わたしと娘の収入でやっとの癖にエラそうな口叩かないでちょうだい!」


そう、少年は拾われて来た子供だった。


今、怒鳴り散らす男が、ぼろぼろの衣服と固まって黒ずんだ血を身に纏って小さな町の路地裏で震えていた少年に「帰る家が無いならうちにおいで」と手を差し伸べてくれたのは、ほんの三ヶ月前の話だ。


がりがりに痩せて虫の息だった少年はその手に縋った。

四十代の半ばに差し掛かった男は少年に食べ物と水を与え、これで我慢してくれと自ら着ていた上着で体を包んでくれさえした。